イジメ、よくない
「何かあったのかい? ミリアム」
穏やかに、そしてにこやかに訊いてきたのは我が婚約者様だ。
さすがにシガールームに入るのは躊躇われたため、居間へと全員を呼んでいる。
男性陣がソファに座り、使用人達が壁にずらりと勢揃いし、わたしが先頭で彼らの前に立つ。
その真ん前で膝をつく姿勢で座らされているのはフィリアだ。
若く可愛らしい少女を大勢で囲んでいるという絵面はあまりにもひどい。
しかも全員が彼女よりも立場が上の人間ばかりだ。
どう考えてもこれ弱者に対する一方的なイジメ。
お前ら辺境で同じことできんのかと言われてもおかしくないところ。
だが辺境伯夫妻とその後継者、そして辺境騎士団の団長の絶大なる信頼を勝ち取っている自信のあるわたしは、たとえここが辺境でもおんなじ事をするけどね。
フィリアは床にうずくまるようにして小さくなり、青ざめてガタガタと震えている。
事情を知らなければ義侠心に駆られて助けてやりたくなるような姿だ。
実際、状況の分かっていない攻略対象者5人はフィリアに駆け寄るべきかと動揺を隠せていない。
「ノイエ様、ジュール様」
フィリアが目に涙をためて2人を見上げる。
攻略対象者の中でも地位の高い2人に助けを求めるあたり、さすがと言えばさすが。
頼られた彼らも無碍にはできない。なにせほら、18禁的なアレコレがね。
「フィリア、一体どうしたんだ」
「アスターク令嬢、なぜこんな事になっているのです?」
しかし彼らは強く出たりはしない。
なぜならここは公爵家で、わたしは公爵の妹。そして皇太子の婚約者に内定中。
非難していい相手ではないのだ。
しかしあれだ。
当初、殿下の婚約者に決まったときは『勘弁してくれ』と思ったが、陛下の第4妃になるよりも断罪には効果的だ。
陛下ならここに呼べなかったしね。
あのとき絶対嫌だとか思っててごめんね、殿下。
あとついでにサイコパスとか性格悪いとかも思っててごめん。たとえ事実でも思っちゃいけなかったね!
「なぜも何も……」
わたしが困ったように執事長を見ると、彼は兄様のそばに近づいて耳元で小声で事情を説明した。
兄の表情が途端に厳しくなる。
彼は3人の兄の中では1番まっとうな人間で、そして非常に愛情深い男なのだ。
「妹に手を上げようとしたというのは本当か」
びくり、とフィリアが大げさなほどに怯える。
「そ、そんな、ただわたしは……」
そして周囲を見回す。
まさに罠にかけられ、今まさに罪に陥れられようとしている可憐な美少女。
いや確かに罠にかけたけどね。
「どういう事なんだ、フィリア、ちゃんと話すんだ。何か理由があったのか?」
キースがフィリアのそばで片膝をつく。
同じアスタークの一族なので、彼は他の攻略対象者よりちょっぴりわたし達に遠慮がない。
「わたし、わたし……」
そう言ってフィリアはわっと泣き出してしまった。
「フィリア……」
ビルがフィリアに近づくとそっとその細い肩に手を置く。
リオンがわたしのほうを見た。
「アスターク令嬢、説明してはもらえないだろうか。我々はこの一年近く何度もあなたに会いにこの屋敷に来たが、その度に拒否され、かわりにフィリアが、せっかく来てくれたのに申し訳ないと我々の相手をしてくれた。けして無関係な人間ではない」
うなずく攻略対象者たち。
君たちにしてみれば当然の対応をしているんだろうが、そこの泣いてるヒロインからすれば、もっとしっかり抗議しろって話だと思うよ。
まあいいか、とわたしは手近なソファに座った。
「説明、ですか。簡単な事でございますわ。その娘は貴族になりたかったのです」
だからどうした、という表情で攻略対象者達はわたしを見る。
貴族になりたいと憧れ、その妻になりたいと必死になるメイドはどこの家にもいる。
貴族もしくは準貴族、準々貴族といった階級の彼らは周囲の女性達からそういう目で見られる事に慣れていたし、フィリアがそうだったからといって、今更という気分なのだろう。
ましてやフィリアは騎士家の出身である。母は辺境伯の娘だ。
メイドとして働いているとはいえ、公爵家の使用人であり、しかも血筋が確か。
恋人からいずれ妻となったとしてもおかしくはない身の上である。
だが違うのだ。
彼女が君たちに求めていたものは違う。
そこまで違わないのは子爵家のノイエくらいだ。
「彼女は、公爵夫人になりたかったようです」
わたしがそう言えば、リオン・ビル・キースの3人は気まずげな表情をした。
「ほう」
楽しそうなのはウィクトル殿下。
側近2人はその隣で空気に徹しているが、内心ではきっと『どうかめんどくさい事になりませんように』と祈っているのは間違いない。
大丈夫、そこまで面倒な事にはならないよ。
教えてあげたいが今は我慢。
「現公爵に跡取りがないと世間では信じられています。グラスリアの陰謀が上手くいっていれば、アスターク公爵家の後継はわたしの夫、もしくはそこのエイベルとなっていた可能性が高いでしょう」
そこで全員の目がエイベルに向かった。
「そのエイベルとは何者なんだ? この屋敷の執事だと思っていたのだが」
訊いてきた殿下に、わたしは首を振った。
「わたくしも知らないのです。公爵家の血を引いているのは間違いないようですが。エイベル、説明してくれる?」
エイベルは青い顔でうなずくと、一歩前へ踏み出した。
「私の父はアルトリオ・アスターク。前アスターク公爵の弟です。母は帝都のジェンセン伯爵邸でメイドとして働いていました」




