ミモザ
食後、どうぞご歓談くださいと伝えてわたしは一度自室へと下がった。
兄達はシガールームにでも移って煙草を吸いながら酒でも飲むんだろう。
わたしは煙草はやらないが、酒はちょっと羨ましい。
皇族と話す機会なんぞそうそうあるもんではないので、攻略対象者達はいそいそと部屋を移っていった。
いつもならフィリアの周りに集まって、この後こっそり出られるか訊ねているところである。
全員にスルーされてフィリアは顔を赤くしてお怒りモードだが、でもキミさっきそいつら切り捨てようとしてたやんね。自分が先に切り捨てられたからって怒っちゃいかんよ?
攻略対象者達の魅了はすでに解いてある。
再度かけようにも距離が近くなければいけないし、なにより今日出した食前酒は、ゲーム内ではバッドステータスを解消するアイテムである。
シャンパンとオレンジジュースを合わせた、鮮やかな黄色のカクテル・ミモザ。
正式名称は『シャンパーニュ・ア・ロランジュ』。
メイド長と仲良くなると、お屋敷で以前働いていた老人を見舞いに帝都から出て村へ行くイベントが発生する。
そこで素材を現地調達して各種カクテルの作り方を習うのだが、きっと彼女はやった事がないのだろう。
別におまけのイベントだからクリアに必須じゃないしね。
だが。
だがな、フィリア。
一見クリアになんの関係もないように見えるイベント、集めても何の意味もないアイテム、それらが時として非常に重要な意味を持つことだってあるのだよ!!
最後まで何の意味もないものも割とあるけどね!!
必死に攻略対象者に話しかけようとしてすげなく袖にされている君。
君を見ていると、ほんとにNPCとの触れ合いってなかったんだな、と思うよ。
地球でのゲームは、この世界のフィリアが匣の中でやっていたゲームっぽい組み立てをもとに作られている。
もともとこの世界はどういうわけか地球との行き来がしやすい。
言葉や料理など確実に影響を受けているものが多いのはそのためだ。
昔から、たくさんの地球で生きた魂がこちらへ転生してきているらしい。
だから、あのゲームの中にあったものはこちらにもあるし、あのゲームで起きていたという事は、こちらでも条件次第では起きたイベントなのだ。
つまり、匣の中でもゲームと同じイベントは起こす事ができた。
きちんと匣の中で人生を生きていれば、あのカクテルが食前酒で出てきたときに警戒する事ができただろうに。
フィリアはエイベル含めた全員に冷たくあしらわれてプルプル震えているが、もうちょっと周りをよく見たほうがいい。
みんな普通にお仕事してるだろう?
匣の中で、自分が何をやっても問題にならない中で好き勝手やるクセがついてるからそうなるんだよ。
普通に考えてメイドさんはお客様に話しかけたりしません!
だが面白いので許す。
わたしが2階へと階段を上がるのを、フィリアは憎々しげに睨んでいる。
この後の行動が手に取るように分かるんだがすごいな。
そんな事を考えながら自室に入って、着替えもせずに椅子にかけて待つこと5分。
フィリアがノックもせずにドアを開けて中へ入ってきた。
「いらっしゃい、フィリア。ノックをしないのは不作法よ」
フィリアは室内に誰もいないのを確認して、ついでに隣の部屋のドアも開いていないのを確認して、わたしのほうへと近寄ってくる。
「どういう事よ」
「どういうって?」
わたしは笑いながら首を傾げて見せた。
するとフィリアはわたしのドレスの胸元を掴んで怒鳴る。
「ふざけないで! あんたも転生者なんでしょ!? なんでこんな事すんのよ! どうやったの!? あと1回残ってたはずなのに!」
「何を言っているの? やめてちょうだい、使用人の立場で。これまでずっと見逃してきたけれど、あなたおかしいわよ」
「おかしいのはあんたよ! なんでみんな魅了が解けてんのよ! ここはあたしの世界なのよ!? あたしが全てを手に入れる、あたしだけの世界なのに!」
唾飛んだ。
きったねえなあ。
うんざりしながらわたしは一応言葉を返す。
「あなただけの世界ではないわよ。わたしの世界でもあるの」
「この……!」
フィリアは右手を大きく振り上げた。
その手でわたしを叩こうとして、部屋のドアが勢いよく開かれる。
「そこまでです!」
鋭い声に、フィリアはびくりとそのままの姿勢で固まる。
主人であるわたしに暴行しようとした手を振り上げたままで。
「フィリア! お嬢様に何をしているのです!」
入ってきたのは執事長にメイド長、メイベル含むうちの使用人さん達。
あーあー、やっちゃったねえ、フィリア。