断罪は前菜のようなものです
多くの婚約破棄もの・追放ものを読んできたが大抵の場合、断罪シーンは前菜的な扱いである。
なんなら食前酒でもいい。
これからやってくる様々な料理を楽しむための、そして期待させるためのプロローグのようなものだ。
だがこれがちゃっちいとその後も微妙なんだろうな、と思われてしまう。
だからわたしは一生懸命考えた。
フィリアにとって一生に一度、そして最後でこれっきりの晴れ舞台である。
その後は酷い目に遭うだけだから割愛。
もんのすごい登り調子でウハウハな未来を想像しちゃう、そんな最高潮からの転落。
わたしは彼女にこれをぜひ味わっていただきたい。
そのために以前からいろいろ考えてはいたのだが、なにしろ急に話が変わった。
今週中に皇宮で貴族達に婚約者決定を伝えるので、来週頭には顔を出せとのご命令。
前世社畜だったわたしは今世も社畜。
お仕事のお返事は「はい」か「ワン」だって美人のお姉さんが言っていた。
そこで、従来の19才までゲームが続くエンドを破り捨て、急遽3日後に晩餐会を開く事に決め、関係者各位にお誘いの手紙を送る。
貴族令嬢は自筆で手紙を書くのがマナー。
人に頼んじゃいけないのだ。
ならばとわたしは考えた。
人に頼まなきゃいいんだよね?
そう、何を隠そうわたしは魔法チート持ち。
ここまで全然何の役にも立っていなかった魔法チート。
だが対暗殺者にも対ヒロインにも、運命に抗うためにはほんっとうに何の役にも立たなかったが、日常使いには割と便利なチートだった。
例えば手紙の文面コピー。
ウィンドウを開き、メールソフトを開く。
さらさらさらっと羽根タッチペンもどきで文章作成。
手元に便箋を並べて、印刷ボタンをぽん!
年賀状の芋版より簡単である。
あとはこれを封筒に入れて、封蝋をして、はい出来上がり!!
まさに文明の利器。
それ科学文明、とか言っちゃダメ。見た目科学でも使ってるのは魔法だからね。一応魔法文明。
PCの魔法ではない。
アイテムボックスの中に仕舞ってあるインクを使って、便箋に文字を書くプログラムだ。
プログラム上なら文字の修正も簡単楽々。
書き上げた後は自動で印刷するように手紙が出来上がる。
はっきり言ってこれだけにしか使えないが、『プログラムする』という方法は非常に使い勝手がいい。
執事長に手紙を渡して、3日後の夕食にはお客様を招いているので、いつもよりもメニューを豪華にするよう伝える。
晩餐会と言っても、大きな規模のものではなく、少人数のささやかなものだ。
わたしと攻略対象者のうち5人と、長男兄。あと殿下とその側近5名のうち2名も加えて、計10人。以上。
傍目にはわたしの逆ハーレムだが、色気もクソもないメンバーである。
いやまて、わたしがいるから色気はあるのか。ああだけど見た目は闇堕ち中のミリアムだしなあ。
まあでもそんな事はどうでもいいんである。
殿下は手紙を受け取った当日のうちに重鎮達に宣言した。
近いうちに正式に婚約者を発表すると。
なんかほんとに大変だったらしい。
よく考えたら殿下ももう22才。
戦争とかいろいろあったので見逃されていたが、父親である皇帝陛下はやたら結婚が早かった事を思えば遅すぎるくらいだ。
毎日笑って受け流すのも限界だっただろう。
そういえばこの間、八つ当たりされた護衛の騎士団長の息子が訓練でさらに部下に八つ当たりしていた。
いかんね、負のスパイラル。
でも八つ当たりされたその部下は、殿下の不機嫌の元凶である大貴族の息子だったので、特に問題はない。
関係者の間で回っている分にはお互い様で、もしかしたら彼らも楽しんでいるのかもしれないし。
兄は帝都に呼び出されて終始不機嫌だった。
3人目が生まれたばかりなのだ。
1日たりとも目が離せない大事な時期なのだとぶつぶつ言っていたが、それ多分ずっと言ってるはずだから。
そしてやってきた晩餐会当日。
朝も早よからメイドに起こされ、ストレスものの話を聞かされるクソな朝礼が今日も始まる。
フィリアは今日の夜の事を何も聞かされていない。
いや多分知っているだろう。
攻略対象者達から、今日の夜は晩餐会に招かれている、くらいは聞いているはずだ。
だが彼らもアスターク公爵が帝都に来るので、くらいにしか考えていないはずだ。
まさか皇太子殿下とその友人達が一緒のテーブルにつくとは思ってもいないだろう。
ましてやその場でうちうちに婚約の発表があるなどとは。
ああ、フィリア。
あなたはどんな顔をするだろうか。
この国の皇太子殿下とその友人達を見た時。
シナリオが変わっている事に動揺するだろうか。
何かおかしいと危険を感じて逃げ出すだろうか。
でもきっとあなたの事だから、まだこれを匣の中だと信じて疑わず、悪魔の用意した特別なシナリオか何かだと思ってくれるに違いない。思うといいな。
喜んでほしいのです。
せっかくあなたのために用意したものだから。
笑顔で受け取って、期待に満ちた表情でリボンを解き、箱を開けて欲しい。
そして気づいて欲しいのだ。
これが現実なのだという事を。
ウェルカム! トゥ・ザ・リアル!
ところでリアルってザつけないんだろうか……