下っ端の予定はあってなきが如し
このヒロイン、こんなんでよく雇われ続けたな、と思うだろう。
だが彼女、朝だけは必ずミリアムの部屋にやってきた。
カーテンを開け、洗面の準備をし、ミリアムを起こす。
それがヒロインの仕事である。
ちなみにお嬢様関連これで全部。
部屋に入ってミリアムを起こすと、フィリアは楽しげにしゃべりだす。
今日の天気について。
今朝はこんないいことがあった。
昨日訪ねてきた婚約者候補がこんな事を言った。あんな事を言った。
一緒にどこそこへ行った。
ふとした事で思い出したエルリシアの事について。
辺境で彼女がどんなに愛されていたか。
わたしは別に気にならんが、ゲームではミリアムはキレてフィリアを叩き出し、「もう来るな!」と叫ぶ。
なのでわたしも「もう来るな!」と叫ぶわけだが、フィリアは懲りずに次の日の朝もミリアムを起こしに来る、というわけだ。
はたから見ると、お嬢様とコミュニケーションを取ろうとする、少しでも明るい気分になってもらおうとする健気なメイドである。
怒鳴られても、脅されても、笑顔でまた朝には部屋を訪ねる。
素晴らしいな、メイドの鑑だ、なんて優しい女性なんだろう。
そこにミリアムが何をどう感じ、どう思っていたかは関係ない。
キレるほうが、嫌がらせをするほうが悪い。
仕方ないね。
ミリアムが嫌われるのも仕方ないよ。
攻略対象者達が揃ってミリアムを嫌悪し、フィリアに惹かれていくのも仕方ない。
この世界がゲームだけの世界であれば。
だがあいにくそうではない。
うちの使用人達は、笑顔で「あいつ殺していいですか」と問い合わせてくる。
『せめて仕事くらいはやるように躾けていいですか』
『エイベル、顔変わるくらい殴りたいんですが』
そんな物騒な投書もよく届く。
うんうん、そうだねー。
でも許可は出さん。
出ないと分かってるのに苦情は届くのだ。
割と自由なうちの使用人達だが、それだけわたしが大好きだという事なんだろう。
それも仕方ないので放って置いている。
萎縮して表情がなくなり、考えを口に出さず、上におもねるようになるくらいなら好き勝手言って自由にやってくれてるほうがいい。
好き勝手すぎてヒロイン殺されちゃ困るが、その辺はやつら弁えているのだ。
たまにわたしがキレて怒るとやけに嬉しそうにしているので、ほんとは変な性癖でもあったんじゃないかと思う。
最低限、仕事はしてますアピールをしつつ、その最低限の接触の中で『お嬢様』へストレスをかけるのも忘れない。
そういう意味ではフィリアはやり手であったのだ。
何があってもクビにしないつもりであったが、それ以上にするだけの理由もなかった。
朝以外は攻略対象者と過ごし、お休みの日は攻略対象者と出かけ、毎日を楽しく過ごすフィリア。
彼女がどう過ごそうが心底どうでも良かったわたしだが、正直、朝起こしにくるのだけは勘弁して欲しかった。
大変なのだ、あの子が起こしに来るまでに自室のベッドに戻って待ってるの。
わたしの王妃教育は今も続いている。
そう、今も、だ。
どういう事か。
毎日毎日、城に呼び出されているのだ。それで毎日お勉強している。
城に泊まれず深夜に公爵邸に戻る日々。
なぜこんなに大変かと言えば、戦争その他で勉強が追いついていないから、それだけではない。
ウィクトル皇太子殿下が、何をトチ狂ったか、正妃1人で十分だと言い出したためだ。
つまり、現在3人の皇妃が手分けしている仕事をわたし1人でこなさなければいけなくなるのだ。
それだけはやめてくれ、なんだったら10人くらい嫁をもらってくれ、と泣いて頼んだがダメだった。
むしろわたしが泣くのを見て実に嬉しそうに嫌あな笑みを浮かべやがったあいつ。
なんでも今、帝国の領土が拡大した事もあってあちこちから縁談が舞い込んできているんだそうだ。
中にはぜひお引き取り願いたい劇物やら毒物やらが混じっているらしく、ひとつ受けるとあれもこれもと国外のみならず国内のものまで受け入れなければならなくなるため、『正妃1人を愛している』作戦でいくのだとか。
実に迷惑極まりない。
誰が仕事すると思ってんだ。
いわく、後宮の人員を増やすというのはそれだけお金がかかる。
おまけに多くの嫁に気を遣わねばならず、後継者争いで揉め事が起こらないよう目も光らせねばならない。
「なんで俺がそんな苦労をしなきゃいけないんだ」
ヤツはそう吐き捨てた。
お気づきだろうか、ウィクトル皇太子殿下の一人称は『俺』である。
普段の優しく穏やかで善良な笑顔は作り物で、口は悪いわ態度はでかいわ傲慢だわマジクソ野郎。
リュートのときに会話した取り巻きの子息達はよく涙目になっていて、わたしは愚痴を聞かされた。
彼らはわたしがミリアムだという事を知らない。
TSで完璧に男の体になっているため当然だが、これが普通の男装女子だったら漏れ出る色気にティーンズラブ展開があったかもしれない。
だがそうではないので、殿下もそんな心配は一切ないままわたしを彼らに紹介してくれた。
せっかくのお色気逆ハー展開だがフラグは全く立たなかった。残念である。
そうなってくると、誰もが気になるのは現皇帝クレメンス様の後宮の3人のお妃だろう。
現在の皇妃達は皇帝の好みにどストライクというのが最大で第一の条件だった。
しかし他にも、権力争いをしない、有能である、他の妃を妬まず協力体勢を取れる、など、それもう就業規定なんじゃないかな、という勢いで多くの条件が女性側に突きつけられた。
そして選ばれたのが、女官だったり田舎貴族だったり出戻りだったりした現在の3人の妃である。
高位貴族達はこぞって反対したが、当時皇太子だったクレメンス様は一向に気にしなかった。
なにしろ自分の好みの女が3人、それもしっかり仕事してくれそうだとなれば文句はなかったんだろうと思われる。
噂だがお妃試験なるものがあったとかなかったとか。
落ちる自信しかないわたしは、ウィクトル殿下にさりげなくおススメしてみた。
前回が試験で選ばれたなら、今回も試験をしなければならないのではないか、と。
するとヤツはこう言った。
「なんで俺がそんな面倒を( 以下略 )」
フィリアがやってきて半年ほど過ぎた頃。
わたしはめでたく16才になっていた。
皇城に通うのも半年たってそろそろ慣れてきた。
そんなある日、ウィクトル皇太子殿下がわたしにこうお命じになった。
「そろそろ戻ってこい。いつまで実家でダラダラしてるんだ。皇太子妃の仕事ならいくらでもあるぞ」
……ダラダラしてません。
そう言いたかったが、相手は殿下様。
わたしの希望なんぞ通りゃしない。
そもそもなぜそうしているのか説明すらしていないのだ。
いつまでも結婚しない、婚約者すら決めない殿下への突き上げは厳しい。
さっさと戻れと言われて当然なのだ。
フィリアと攻略対象者達のイチャイチャを見ているのもとっくに飽きていたので、わたしは行動に移すことに決めた。
そう、断罪が始まるんである。




