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我慢、我慢

 フィリアさんはわたしのところにあまり顔を出さなくなった。


 まあいじめたからね。しょうがないね。

 でも彼女、全然堪えていなかった気がするんだけどなー。



 何度もお茶を入れ替えさせたが、それは美味しくなかったから。

 最初は「あんまり美味しくない」程度だったが、2回目3回目とどんどん不味くなっていった。

 最終的にあんまり不味いんで怒鳴って部屋からティーポットと一緒に叩き出した。


 そのさいエイベルを呼んでネチネチ嫌味を言ってやったのだが、そのときわたしの言葉を遮って彼女が言ったセリフがこれだ。


「だって、何度もダメだって言われるから、お嬢様の好みを探そうと思って!」


 いや好みも何も、最初から及第点に届いてなかったがね。


 その彼女をエイベルがやんわりとたしなめる。

 

「フィリア、お嬢様のお言葉を遮ってはいけません」


 少しはマトモな頭があったんかい、と誉めてやりたい気分だったが、そんな優しい感じで言われてもわたしの機嫌は直らんよ。

 あとフィリア、君は嘘でもいいからもうちょっと殊勝な様子を見せようか。


「お茶はもういいわ。エイベル、その子にお茶の淹れ方をしっかり教えなさい」


「かしこまりました」


 エイベルが頭を下げる。

 だがわたしは知っている。

 フィリアはお茶くらいちゃんと美味しく淹れられる。


 ただ、ここで失敗するとエイベルとの夜の特訓イベントが始まるのだ。

 満点で合格がもらえるようになってからもそれは続く。


 そう、このゲームは18禁乙女ゲームなのだ!!


 なぜ18禁だったかというと、夢の匣を設定するさい、彼女がそうしたから。

 日本で発売された『帝国に咲く薔薇』は、フィリアが夢の匣の中で設定した事、経験した事をもとに作られている。


 エイベルは公爵家、それもアスターク本家に近い血を持ち、できれば復讐してやりたいと考えて帝都の公爵邸の扉を叩いた。

 ゲームの中では詳しく説明されていなかったが、前の主人である貴族家の力を借りてやってきたらしい。


 わたし達兄妹にとって従兄弟とかその辺ぐらいには近いらしいが、わたしは彼をフィリアへ生贄に差し出すことにした。

 どうせもう魅了されてるしね。

 それに攻略対象者だしね。


 うちの元からいる使用人だったならなんとかしようと思ったかもしれないが、そうではないので別に興味も湧かん。


 許せ、勝利には犠牲がつきものなのだよ。



 次の日、執事長から無事、夜のお稽古が始まったと報告を受けた。

 わたしはゲームをしているので知っているのだが、最初の夜にフィリアは及第点をしっかり貰える。

 お茶も満足に淹れられない娘を、まさか辺境伯夫人がメイドとして外へ出すはずもないのだ。


「ちゃんと美味しくできていますよ」


 エイベルにそう言われて、フィリアは大喜びする。

 そして悪役令嬢ミリアムの姿が彼の中で、そしてプレイヤーの中で固まっていくというわけだ。


 うん、非常にストレスだ。


 だが大丈夫。

 ゲームが終わりに近づいたどこかの時点で、わたしはフィリアにもう一度お茶を淹れさせる。

 そしてその一部始終をエイベルにこっそり見させて、お茶も試飲させる予定だ。


 自分を庇って死んだ義姉とそっくりの顔を見たくないうえに、ミリアムは平和に暮らして幸せそうな人たちが憎かった。

 誰にも会わずに部屋の中で隠れて暮らしていたかったミリアムは、フィリアがどういう人物で、自分が何をされていて、それに対して復讐してやろうとか考えもしなかった。

 彼女は自分が嫌いで、汚らしくて、それどころではなかったのだ。


 だがわたしは違う。

 終盤にきてゲーム通りに動かなくなったわたしを、彼女はどうするだろうか。

 楽しみで仕方ない。





 わたしが呼ばないのをいい事に、彼女は屋敷で好きなように動いている。

 

 彼女に会いに来る攻略対象者達。

 時には外でのデートに誘ったりもする。


 泊まりがけのお誘いももちろんあるが、それはあいにくRPGイベント開始のお誘いだ。

 逆ハーフラグに欠かせない遠出のお誘いのみを受け、彼女は着実に各種イベントをこなして好感度をゲットしていった。


 現実なのでゲームとは違う事も多少ありはするが、魅了されまくっている攻略者達は彼女の言いなりに動く。


 わたしはその様子を見て、そして報告を受けながら、魅了を解くその日を心待ちにした。


 



『あの子ほんと性格悪いねえ』


 楽しそうにキリが言う。

 なんかツボにハマったらしい。キリはよくフィリアの後を姿を消してついて回り、そのときの様子をわたしに報告してくれる。


「まあ、魅了スキルとか普通の人間が手にしたらああなるとは思うよ。それにまだゲームだと思ってるんだろうしねえ」


『ゲームじゃなかったら誰を選ぶつもりだったのかな』


「多分全員との友情エンドじゃないかな」


『全員? なんで?』


「現実なら屋敷の外にはいい男がもっといっぱいいるからね。皇帝とか皇太子とか皇族とか。おんなじ洗脳して逆ハー作るんなら、金持ちの権力者のとこに行くよ、あれは」


『なるほど!』


 そんな事を話しながら、種明かしの日には皇太子殿下を招いて婚約パーティを開こう、とわたしは思いついた。

 ああでも婚約発表は皇宮が先だろうから、身内だけで事前にパーティとかかな。

 ああでもそれじゃあいつら呼べないのか。

 う──ん、どうしよっかな──。


 うきうきと考えるわたしのそばで、姿を消して伏せているクロが、大きなあくびをしたのだった。









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