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無邪気さと笑顔の向こう

 黒一色の服を着て、わたしは自室でフィリアを待っていた。


 キリとクロは姿を隠してそばにいるが、使用人達は誰1人としていない。

 室内どころか、部屋の近くにいるのもやめてもらっている。



 15才になったわたしは無事魔法が使えるようになった。


 この世界では成人が15才で、成人して初めてレベルが上がるし、魔法も使えるようになる。

 スキルが発現するのも普通はこの頃だ。


 魔法チートという成人しないと意味のない転生プレゼントをもらったわたしは、ここでようやく転生者特権というものを手にする事ができた。

 これまでのスキルやらなんやらについては……正直特権とはとても思えん。

 確かに役に立つ事もあるが、自分で苦労して(ゲームして)手に入れたものとか、その場その場で死なないためには必要だからと与えられたものとか、そんなんばっかりのような気がするからだ。


 そして頑張って手に入れたあれやこれやも結局誰かが使っているような……。


 まあそんな事情もあり、労せずして手に入れた転生者特権というのは、わたしにとって非常に感慨深いものだった。


 そんな転生者特典魔法チートで、今わたしは自分の見た目を変えている。


 と言ってもTSしてるわけじゃない。


 周囲からはゲームのミリアムの容貌に見えるようにしているのだ。


 これをやった日、またメイドに泣かれた。

 気にせんでいいというのだが、「うちのお嬢様が、うちのお嬢様が」とガチ泣きだった。

 でもわたしは鬱陶しいとは思わなかった。

 だってこれは実際にミリアムがそうなっていた様相だ。


 義姉が自分を守って死に、奴隷に身を落とし、絶望と屈辱の中で成長したミリアムの顔なのだ。


 それに泣いてくれる人がいる。

 憐れみ、寄り添ってくれる人がいる。


 それはとても心が暖かくなる出来事だ。


 ミリアム、お前のために泣いてくれる人がいるよ。


 そう言って教えてあげたかった。






 

 お兄様に挨拶し、執事に案内されてわたしの部屋までやってきたフィリアは邪気のない笑顔でわたしにも綺麗な礼で挨拶をした。


 わたしには今、鑑定阻害がかかっている。


 だから、ちょっとやそっとじゃわたしの正しい情報は読み取れないのだが、フィリアは気づいた様子もない。


 確認すると、本当に最低限のレベルアップしかしていなかったようで、辺境騎士相手にギリギリ勝てるかどうか、といったレベルだ。


 人生を6回も繰り返し、しかも転生者特典までもらっておいてこれか、とわたしは呆れてしまった。


 フィリアの転生者特典は魅了。


 乙女ゲームの悪役ヒロインの王道を爆進している。

 しかも魅了のレベルも高くない。


 強く思う相手がいる場合は無効化されてしまう程度のものだ。

 だからアル兄様には効かなかったのだろうか。



 これなら何もせずとも勝てる気がする。



 そう思うくらいにはフィリアのレベルは低かった。


 そのため、様子を見るためにもわたしは『夢の匣』に戻る事をいったん取りやめた。

 使える回数には限りがある。

 どうしても必要でそれがなければ勝てない、という状況に陥ったときのために、残り使用回数は温存したほうがいいだろう。


 決して、成人してお酒が解禁されたから急いで戻る必要を感じなくなった、とかではない。

 決して、決してだ。


 なぜなら、ここではなかなか手に入らないお酒もあれば、普段飲むお酒は向こうのほうがずっと美味しいものがあったりする。

 それを考えれば、今すぐにでも戻りたい思いでいっぱいなのだ。


 だがわたしはそれをぐっと我慢している。


 念のため、だ。


 間違っても、この先の長い人生、たまに日本を味わえるようにとか、そういう事ではない。

 今楽しむのも後で楽しむのも一緒だからだ。




 そんな感じで、わたしはフィリアを観察しながら挨拶への返礼をしてやった。


「辺境育ちにしてはマシね」


「ありがとうございます! おばあさま……あっ、辺境伯夫人にたくさん、いろんな事を教えてもらったんです!」


 自分は辺境伯と親しいとわざわざ口にする。

 隣の執事の動かない笑みがヤバいが、無邪気な自分アピールで気づいていない。


 わたしは嫌味に笑って顔を動かし、近くへ来るように指示を出す。


 来たくなかったのか指示に従いたくなかったのか、フィリアはきょとんとした表情でわたしをまっすぐに見つめる。

 それで許されるとでも思ったか?


 わたしは無表情のまま、ダン!と靴を床に打ち付ける。

 フィリアは大げさに肩をすくめて、こわごわとわたしを盗み見た。


「バカは辺境に帰っていいわよ」


 するとサッと青ざめて隣の執事を見上げる。

 彼は目線でわたしのそばに行くように指示をした。

 フィリアは怯えたようにゆっくりとわたしの近くへとやって来た。


 あと数歩、というところでピタリと止まる。


 本音は多分面倒だから。

 けれど知らない者が見たら、貴族のお嬢様の勘気を恐れる哀れな若く美しいメイドだ。


 わたしは窓の外を見て、抑揚のない声でフィリアに命じる。


「薔薇を摘んできてちょうだい」


「え」


「何をしているの。庭から薔薇を摘んできて」


「で、でも……」


 バン!


 とわたしはテーブルを無作法に思い切り叩く。


「早く!」


 フィリアは慌てて部屋を出て行った。


 それを執事が追いかける事もせずに無言で見送る。

 足音が遠ざかっても彼は何も言わず、私のそばへやってきて紅茶を淹れてくれた。


 わたしがひと口、口をつけると静かに聞いてくる。


「本当にあの娘だけをそばに置くのですか?」


「ええ。みんなにももう一度、あの娘の好きなようにさせるように伝えて。好意的に対応するように、と」


「かしこまりました」


 わたしはもうひと口、紅茶を飲む。


 窓から、雷雨の中、薔薇を摘むフィリアの姿が見えた。







 

 それからしばらくして、わたしの部屋には大きな花瓶に活けられた薔薇の花が届けられた。


 フィリアがずぶ濡れになって綺麗に咲いているものを集めたらしい。

 周囲が驚き心配する中、お嬢様が薔薇を見たいと仰ったので、と無邪気に笑っていたそうだ。


 わたしは『薔薇を摘んでくるように』言っただけなのに。


 わたしの部屋には一輪挿しの花瓶があった。

 確かにわたしはわざと薔薇の本数を伝えなかったが、わたしのそばまで来たなら花瓶に気がついただろうし、また彼女は何本必要なのかを訊くこともしなかった。


 あげく、どこかの部屋から借用した大きな花瓶いっぱいに薔薇を活けて持ってきたのだ。


 メイドの1人がなぜそんなに大きな花瓶を使うのか訊いてみたようだが、『お嬢様に明るい気分になってもらおうと思って』と答えたとか。



 雷雨の中、メイドを庭に出す主人。

 主人の命令を忠実にこなそうとするメイド。

 心ない主人を健気に気遣うメイド。



 実に素晴らしい。

 ハラショー!!








 


 

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