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悪事でなくても千里を走る

 グラスリアが滅んで帝国の一部となって。


 15才になり成人していたわたしは早速、生存を世間に対して公表する事になった。



 するとどこからかわたしに関する噂がまことしやかに流れ始めた。


 グラスリアで大勢の奴隷が解放されたらしい。

 その中には最近、生存が発表されたとある高貴な姫君もいたとか。

 美しさを狙われたのだろう。

 ではやはり貴族の令嬢としては取り返しのつかない状況なのだろうな。

 グラスリアの国王は好色で、大勢の美女を囲っていたらしい。

 いや、国王の後宮であればまだいいが、市井(まちなか)の娼館などであった日には。

 汚らしい手垢のついた元奴隷など、たとえ大貴族の姫であったとしてももう使い物になりませんなあ。

 まさしく、まさしく。


 

 わたしは目を閉じて、髪を梳かしてくれる優しい手の感触にうっとりとひたる。


 右手と左手と、それぞれ同時にメイド達が爪の手入れをしてくれている。


 戦場から戻って久しぶりにお肌のお手入れなどなどしてもらいながら、わたしはゆっくりとこれからの事を考えた。


 生存を公表したその日から、わたしは帝都の公爵邸で過ごしている。

 そう、ゲームの舞台となった屋敷だ。


 こちらが何もしないうちから面白いように噂が広まっていき、帝都では今、わたしは一躍時の人だ。

 奴隷となり娼館で身を売っていた公爵家の姫。

 ゲーム通りだ。素晴らしいな。

 素晴らしすぎて反吐が出る。


 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、情報操作などなんの必要もなかった。

 使用人たちは一歩外へ出れば噂好きの人間に囲まれ、少しでもわたしの事を聞き出そうと質問責めにあう。


 帝都の公爵邸には、特殊経歴の使用人のみを置き、後宮から戻ったその夜に全てではないが事情を説明した。


 アスターク公爵家を滅ぼす、あるいは乗っ取ろうと画策する勢力があり、それらの目を眩ますため世間にはわたしと義姉は死んだと思わせていた事。

 サウザン王国とグラスリア王国が滅んだ今、後の問題は乗っ取りを企む勢力のみである事。

 乗っ取りに関わる人間がもうすぐこの帝都の屋敷に来る事。

 その人物はミリアムを、奴隷として暮らしていた貴族としての素養のない傍若無人で我儘な娘として見ている事。


 これらは予言で判明していた事。

 

 その上で、みんなには演技をしてもらうようお願いした。

 わたしとは関わりたくない、という雰囲気を出してもらうように。


 すると暗殺者としての訓練が途中だった、まだ若いメイドが1人、ポロポロと涙をこぼし始めた。

 なぜに!?


「え、ええと、どうしたの? 何かあった?」


「も、申し訳ありません……」


「いやいいよ、いいけどなんで泣いてるの?」


「申し訳ございません、お嬢様。この者は感情を殺す訓練がまだ未熟のようでございます。今回、どうしてもという事でこちらのお屋敷の仕事につけましたが、今後は外させていただきますのでどうぞお気になさらないでください」


「いやいやいや、別に外さなくていいから! そのままでいいから! てゆうかなんで泣いてんの!?」


 すると彼女はしゃくり上げながら、わたしが可哀想だと話してくれた。

 じぃんときた。ええ子や。


「感情を殺すとかあんまりしなくていいけど、今回だけは頑張って欲しいの。みんなもね。これからやってくる相手……フィリア・フェイリィは、ものすごく腹が立つような真似をしてくると思う。でもどんなに腹が立っても表に出さず、上手く合わせて相手に不審を抱かせないようにしてね」


「かしこまりました」


「噂についてはけして否定せず、屋敷の中でも外でも、相手が思いたいように取れるよう話してちょうだい。事情を知っているのはアスターク家の人間の他は皇帝陛下と前帝様、そのお妃様方、そして皇太子殿下。辺境では伯ご本人とその奥様、ご長男と後継者のマックス様のみです。陛下のご家族、辺境伯のご家族であっても知らない者もいます。訳知りで何か言われても知らぬ存ぜぬで通すように」


「承りまして」


「わたしは全てが片付けば再び皇城へ上がり、皇太子殿下の正妃となります。ですがそれまでは、わたしの婚約者に立候補した人間がこの屋敷に寝泊まりしたり出入りしたりするでしょう。不愉快でしょうがどうかそれまでの事と耐えてください」


 わたしはソファから立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。


「どうか、よろしくお願いいたします」


 みんなが息を呑むのが分かった。

 だが頭ぐらいならいくらでも下げてやろう。

 

 わたしの頭ひとつで本物のミリアムの仇が討てるなら安いものなんである。


 そう考えたわたしの前で、全員が動く衣擦れの音がした。



「ミリアム様、アスターク家の皆様のため、必ず仰せの通りにいたします」


 みんな、揃って美しく頭を下げている。

 わたしは嬉しくて照れくさくて、顔がだらしなく緩むのを止められなかった。









 美しく着飾らせてもらって、わたしは階下へと降りた。


 一階の広間には豪華な食事と飲み物が並べられている。

 もちろんお酒も。

 そう、わたくしついにお酒解禁!! ひゃっほう!!


 このお屋敷には今、わたしと使用人たちだけ。

 あ、あとキリとクロとユニコーン達も。


 わたしはみんなの前に立ってグラスを高く掲げた。


「改めて、みんなただいま! 今日は呑んで歌って食べて騒いで、これから来るストレスフルな毎日に備えてね! 乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 わたしの乾杯の音頭に合わせてみんながグラスを高く掲げる。

 みんな明るい笑顔で楽しそうだ。

 良かった、本当に良かった。

 アスターク家を、みんなを守れて、本当に良かった。



 というわけで。



 今日は呑むぞ───っっ!!!










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