オレ、シャチク オマエ、トリシマリ
いよいよ戦争となると、じゃあ実際に誰が戦場に行くのかという話になる。
我らが皇帝陛下は即断即決の方だともっぱらの噂。
皇太子殿下を本陣に、ウィクトル皇子殿下を前線に、とあっさり決めて「勝ってこい」と送り出した。
ミューちゃん誘拐未遂事件の実行犯から色々聞き出して5年。
その間、辺境ではスタンピードが起こったり、海上をあっちふらふらこっちふらふらしていた我が家の三男が海賊に襲われたりとまあ大変だった。
きちんと対策していたため、辺境のダメージは少なかったし、三男兄も怪我ひとつなく無事だが、襲われる準備をしていなかったらそうはいかなかっただろう。
辺境の小規模ダンジョンの数は異常なほどだったし、兄のほうもスパイはいるわ食材に仕込みはされるわ、割とシャレになっていなかった。
他の地域でもいろんな事があった。
お家騒動はもちろん、乗っ取られた後の家も、病気や事故で消えた家門もあった。
逆に、国から締め上げられて地獄を見た連中もいる。
そういった様々を乗り越えての戦争だ。
帝国側の事情を知っている者の間では「サウザン潰す、グラスリア許すまじ」が合言葉である。
サウザンとグラスリアは隣国どうし。
帝国はその両方の国と国境を接しているが、そのほとんどがサウザンであり、グラスリアとは山脈で分たれた国境が少しばかりあるのみだ。
サウザンと我が国が辺境の地で睨み合いを続ける中、わたしはお妃様方に「夜は必ず妃のうち誰かの部屋にいるように」言われている。
12歳になったわたしは、リュートの格好で戦場に顔を出していた。
だが夜はお城に戻ってくるように厳命が下されている。
いわく、戦場に女子供がいるもんじゃない、ましてや無防備になる夜を過ごすなどもっての外、という事だ。
わたしはお妃様方には全く頭が上がらない。
なにしろ彼女方はわたしの先輩妃……などではなく。
いずれわたしの義理の母となる集団だからである。
そう、現在のわたしの後宮での称号は『ウィクトル皇子殿下の姿なき婚約者』なのだ。
ある日突然、皇太子殿下に言われたその言葉。
「ミリアム嬢にはいずれ我が息子ウィクトルの正妃となってもらう。そのつもりでいるように」
え、なんの話。
一瞬耳を疑った。
あんなに第4妃になりたいとお願いしたのに。
「私の後宮にはこれ以上、妻はいらん。そしてウィクトルがぜひにとお前を望んでいる。ならば聖女を皇室に迎えるのに、第4妃よりも正室として迎えるほうが対外的にもいい」
わたしはこのとき本気で舌打ちしそうになった。
気づかれたか……!
「ですが、わたくしのようなものが皇子殿下の正妃になど、とても務まるとは思えません」
「安心しろ。教会の仕事がたっぷりある。向こうは『真なる大聖女ミリアム』が来てくれるならそれだけでいいそうだ」
おのれ教会。
聖女の恨みは高くつくぞ。
「ですがそんな、まるで物のようにこの身をやり取りされるなど……」
頑張れ、こぼれろ涙。
今頑張らないでいつ頑張る!
「貴族の結婚など男も女も次代のため、家のためだ。己1人のことなど入る余地もない」
渾身の演技をさらっと流され、わたしの未来は決まった。
それからわたしのお妃教育は厳しさを増した。
辛かった。何度も泣きそうになった。
みんなが戦争に勝つために準備を進める中、わたしの戦場は常にそこにあった。
そして辺境で戦場が始まるそのとき、わたしは思った。
そこにこそ自由があると!!
うきうきわくわく戦争体験、ポロリもきっとあるよ!(なんのポロリかは秘密! 残虐表現に引っかかっちゃうからね!)
わたしはご機嫌で戦争に行く支度をした。
ウィクトル皇子の婚約者という立場ははっきり言ってごめん被りたいが、こんなときは役に立つ。
イトシイアノカタノソバデオマモリシタイノ!
で、夜はおうちに戻ってくるようにお妃様方から19時門限を言い渡されたと、そういうわけなのだ。
「それでは殿下、そろそろ夕方なので戻らせていただきますね」
リュートの格好をしたわたしは殿下のテントに入って声をかけた。
「ああ。母上たちによろしく伝えてくれ」
「今日もお二人ともケガひとつなくお過ごしでしたとお話しします」
「頼む」
艶めいた雰囲気などどこにもない会話。
ラブラブどころかお別れの挨拶すらこんな感じだ。
ウィクトル殿下がなぜわたしを正妃に望んだか。
わたしはそれを知っている。
拷問官だ。
彼女はわたしのスキルで呼び出すので、この世界での主人はわたしだ。
皇子はわたしを手にすることで、拷問官を手元に置いておきたいらしい。
と言っても、やはりこちらも色恋の話ではない。
あるとき、犯罪を犯した貴族を取り調べるさい、皇子に頼まれて拷問官を呼び出した事がある。
拷問官も、皇子とは仲が良いので喜んで出てきて協力してくれた。
そのとき皇子が口にした言葉がある。
「やはり犯罪者はいいな。どれだけ八つ当たりで苦しめても心が痛まない」
すっごいいい笑顔だった。
サイコパスって絶対こういうヤツの事を言うんだと思った瞬間だった。
そして彼は続けてこう言った。
「拷問官殿は素晴らしいね。あんなに素晴らしい部下を持つ君とは長く良い関係でやっていきたいな」
この頃、第4妃は確実だと思っていたわたしは、心の中で『イヤじゃボケ』と考えながら「そうですね。わたしもそう思っています」と心にもない言葉を返した。
だって皇子殿下はいわば会社の重要人物。
相手の望む言葉を合わせすぎずに返すのは社会人の必須スキルだ。
合わせ過ぎていなかったはず。
決して合わせ過ぎてはいなかったはず……!
なのにどうしてこうなった!!
心の中で叫びつつ、わたしは皇子殿下のテントを出た。
これから急いで帝都に戻ってお妃様方のお部屋に行かねばならない。
今日は御三方のうちどなたのお部屋だっただろうか、と順番を思い出す。
夜寝る前と、朝の短い時間だけでもと、今もお妃教育は続いている。
こんなはずでは……。
陛下に皇太子殿下にお妃様方に皇子殿下。
頭が上がらない相手が城だけでもこんなにいる。
公爵令嬢って立場あんまり強くないなあ、とわたしはほんのちょっぴり涙目になったのだった。




