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それは戦争の靴音

 それからさらに何日かたって、そろそろ尋問を行いたい、と殿下からお便りがあった。

 

 たった一行だけ便箋に書かれたその言葉の向こうに、『不本意ながら』と苦虫を噛みつぶしたような殿下のお顔が見えたような気がした。


 正直わたしだって不本意だ。

 だがやらねばなるまい。



 嫌々ながら指定の時間に地下の入口へ向かうと、陛下と皇太子殿下はもちろん、ウィクトル殿下もいらっしゃる。ちょうど護衛達と一緒に下へ降りるところだった。


 子供の情操教育によろしくないんじゃないかな、と父親であるところの皇太子殿下をチラ見すると、平然とした顔で


「ウィクトルは私の跡継ぎだ。このくらいでおかしくなるようなら後継からはずす」


 と言い切った。

 言われた皇子も表情ひとつ変えない。

 孫溺愛じじいの皇帝陛下でさえなんにも言わなかった。


 恐るべし男女差別。


 ていうかわたし女子供なんだけどどういう事?


 わたしの中身が成人女性である事を知っている皇太子はともかく、陛下と皇子はなんで同席を許しちゃうんだろう。

 帰れと言われても困るのでいいっちゃいいんだが。



 コツ、コツ、コツ、と狭い階段に固い靴の音が響く。

 わたし達4人と、護衛。隠れてるキリとクロは無音。


 暗いし狭いし寒いし怖い。

 殺人鬼とか登場しそうな雰囲気だ。



 しかし最下層で地下の扉を開いて現れたのは、いかにも清純そうな美しい金髪の女性。

 今日も綺麗で輝いてるね、拷問官。


「いらっしゃいませ、皆様方。貴き方々をお招きするにはいろいろと不都合のある部屋ではございますが、精一杯努めさせていただきますので、どうぞご容赦ください」


 しかも明るく爽やか。表情は優しげで話す声ときたら楽しげだ。


「うむ、気にせずとも良いぞ。そなたの働きは報告を受けておる。実に素晴らしい、満足のいくものであった」


「私も陛下と同様だ。心から感謝している」


「ありがたきお言葉。この胸に刻みまして、本日もしっかりと働かせていただきます」


 そして皇子も2人の後ろから彼女に話しかけた。


「拷問官殿、昨日ぶりだ。今日もよろしく頼む」


「はい、殿下、かしこまりまして」


 昨日も来てたんか、殿下。

 そりゃ今日いても何も言わないはずだよ。


 皇子と拷問官の間に流れる温かな空気が恐ろしい。

 マジ仲良しだね、君ら。ボクには理解できないよ。



 と、まあこんな感じで始まった今日のオツトメ。

 主賓の彼は長く地下で美女にもてなされてヤバい感じになっていた。

 だが体に傷は何もない。

 拷問しては治し、拷問しては治し、毎日それの繰り返しだったらしい。


「なんでも話す、知りたいことは全部話すから、だから殺してくれ、もう殺してくれ……!」


 椅子に縛り上げられた状態でそう言って泣き叫んでいた。


「では拷問官、陛下と殿下方の質問に答えるよう、尋問を始めてください」


 わたしが命じると、彼女はその美しい金の髪をさらりと流して頭を下げる。


「かしこまりました」


 そこでクレメンス皇太子殿下がわたしを見て口を開く。


「ミリアム嬢、そなたはここまでで良い」


「は?」


「拷問官殿がそなたの命しか聞かぬというので同行してもらったが、ここからは我々に任せてもらおう」


 え、なに言ってんのこの人。

 いきなりわたしだけ仲間はずれ? 役割終えたらポイ? そりゃないんじゃないの?


 固まったわたしにウィクトル皇子殿下が言う。


「聞き出した内容はあとで僕から伝える。不安なら拷問官殿にも確認したらいい」


「いえ、そうではなくてわたしも聞きたい事が」


「紙に書いて誰かに持たせなさい。こちらで質問しよう」


 ここにきていきなりのダンジョサベツッ!!

 そういうのいらないから! こっちもバッドエンドかかってんの! 情報命なの!


「ミリアム・アスターク」


 ご遠慮申し上げる気満々のわたしに、陛下の低い声がかかる。


「はい」


「上で待っていなさい。これは命令だ」


「はい……」


 上司の言葉には逆らわない。これ日本の絶対。

 わたしは大人しく護衛に挟まれて階段を登ったのだった。


 わたしの今日の出番これだけ!?

 理不尽! だがこれも身分社会の定め。怖いもの見なくてすんだと喜ぶべきところ……!



 その後、地下から上がってきた陛下達はなんだかすごくご機嫌で楽しそうだった。

 本当は下でみんなでお茶とかしてないよね? ね? いっそしてたと言って……!!








 そんなこんなあって結果分かった事は、グラスリアはサウザン王国を使って戦争を起こすつもりでいる事。

 全ての悪をサウザンに押しつけて、いずれはサウザンをも併呑するつもりでいる事。

 帝国内に多くの間者を送り込み、邪魔になりそうな家を弱らせ、頭をすげ替え、内部から腐らせていっている事。

 戦火の口火が切られるのは、辺境のスタンピードからで、そのために小さなダンジョンを人為的に数多く発生させ、いずれ一気に溢れさせる予定なのだという。


 そのいずれもがグラスリアの聖獣の力を使って仕組まれているため、これまで聖獣の守護のなかった我が国では対策のしようがなかったのだ。



 皇女を狙って誘拐を企んだこの男はグラスリアの王族に近い血を持つ人物で、暗部に身を置き、帝国占領後は皇女の夫となる予定でいたのだとか。


 聖獣から与えられたアイテムにより城へ侵入していたため、滅多な人物を使うわけにはいかず、また男自身も希望したための人選だったようだが、おかげで思った以上の収穫があった。



 下手な下っ端が実行犯であれば、情報など手に入らなかっただろう。


 長年、大勢を潜入させて工作も成功させてきたがゆえの油断だったのかもしれない。



 今、辺境では指折りの実力者たちが往年の力を取り戻してダンジョンを潰して回っている。

 魔物の被害も抑えられているだろう。


 我が国が聖獣の守護を手に入れた以上、これまでのようにはいかない。



 

 他人の領土(持ち物)を欲しがって戦争を始めるには口実が必要だ。

 正義の名の下に美しく飾られた口実が。


 グラスリアはそれを用意していくつもりだったのだろう。


 だがもうそうは行かない。


 いっそ、大陸の全てを平定した上で歴史を書きかえ、都合の悪い書物は全部燃やしてしまえばよかったのだ。


 焚書坑儒、だと本を燃やすだけでなく歴史家まで始末しなければならないが、そのほうが手早く済んで簡単だったろうに。

 下手に時間をかけるから、こうして対抗策を取られてしまう。


 わたし達にとってはとても幸いだ。




 向こうの手札を潰し、こちらの手札を増やし、テーブルから逃さずに戦争の泥沼に引き摺り込む。

 けして逃がさない。

 2度と、同じ事が起きないよう、徹底して潰す。





 さあ、反撃のお時間です。

 みなさん、張り切っていきましょ──!!













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