アイアン・メイデン
地下への階段は狭く、暗い。
異臭が瘴気とともに下からのぼってくるようで、わたしは浅く息をした。
人を苦しめる事は好きではない。
というか嫌いだ。
だが、犯罪者を人と同様に考えるのには賛成できない。
他者の人権を侵さない。
他者の人権を踏みにじらない。
他者の財産を奪わない、尊厳を奪わない、誇りを奪わない。
心や肉体を傷つけない。
まっとうに生きる人間ならば当たり前のそれら。
だが自身の欲望や利益のためにそれらを無視する。
それが犯罪者だ。
彼らは、人権という概念のない世界に生きている。
この、人権があるのが当たり前の世界の中で。
自分が他者の人権を尊重するように、他者も自分の人権を尊重してくれる。
それが当たり前だと考えて生きている人間の住む社会の中で。
ならばきっと、彼らが人権を主張するのは間違いなのだと、わたしは心の一部を凍らせ、閉じた。
犯罪者に慈悲は必要ない。
地下には汚らしい悲鳴と泣き声が響いていた。
わたしが皇子と一緒に地下の扉の前に立つと、それは待ち構えていたように向こうから開き、中から金髪の美しい女性が満面の笑みで姿を現した。
「まあ、ミリアム様。ようこそおいでくださいました。ちょっと散らかっておりますので中へはお入りいただけませんが、何かございましたか? 進捗をお知りになりたいとの事であれば、しばらくはただ拷問するだけですので、何もお聞かせできるような事はございませんが」
拷問官はそんな事を極上の笑みとともに伝えてきた。
「拷問だけ、とはどういう事だ」
殿下がわたしを見て眉をひそめた。
わたしも聞いていなかった事なので話がよく分からない。
昨日から尋問して、今日の自由時間に聞きに来れば何か分かるだろうとそう考えていたのだ。
「いえ、わたくしにもちょっと……」
すると拷問官はにっこりとわたし達の疑問に答えてくれた。
「皇帝陛下と皇太子殿下のご指示なのです。しばらくは何も訊かずに痛めつけろ、と。御二方とも、とても素敵な殿方でいらっしゃいますのね。わたくし、体の奥の方が、こう、なんと申しましょうか、痺れるというか、熱くなってうずいて参りましたわ。やだわたしったらはしたない!」
そして可愛らしく体をくねらせる。
わたしは犯罪者を苦しめる事に禁忌を感じない。ためらいすらない方だと思う。
……だがこれはちょっとかわいそうな気がしてきた。
まだ何とも分からないが、多分、彼は国に命令されて実行しただけのはずだ。
その情報や証拠を手に入れて、戦争に備えるはず、だったのだが。
「なるほど。素晴らしい考えだな。しばらくとはいつまでだ?」
「ひとまず明日の朝までは、と。指示を出した人間であればこの程度では済まさないと聞いておりますので、今から楽しみで仕方がありません」
うっとりと頬を染めた拷問官に、満足げな笑顔の皇子殿下。
君らなんかすごく気が合いそうだね。
わたしには無理だよ。
「ではまた明日、お越しください。朝までの短い時間しかないので、できる限りたっぷりと持てなさなければならないのです」
「そうか。知らなかったこととはいえ邪魔をした。よろしく頼む」
「恐れ多い事です、殿下、それでは失礼いたします」
笑顔、笑顔、笑顔。
終始輝くような笑顔が溢れる2人の会話に、わたしは震えが止まらなかった。
ごめん、実行犯。
真犯人はもっとひどい事になると思うから許してくれ。
「実に素晴らしい女性だったな。いい部下がいるというのは得難い事だ」
うんうん、とうなずく皇子にわたしは昨日の自分を後悔していた。
なんで呼んじゃったかな、鉄の処女……!!