花嫁が乗るのは小舟でもなく夜汽車でもなく聖獣の背中
戦争編に本格的に入る前の説明的な部分、名付けるなら聖獣編、思いの外長くなっています。
もうすぐ終わるはずなのでどうかご容赦ください……!
現在、わたしの目の前にいるのは皇太子殿下の長男であるウィクトル皇子だ。
金の髪に青い瞳、恐ろしく整った怜悧な美貌。
そんな彼が非常に優雅な様子で午後のお茶を飲んでいらっしゃる。
のだが、目が怖い。
笑ったときとか細まった目が冷たく光っているのだ。
マジ帰りたい。
「なるほど、それで僕の妹が『神の花嫁』なんてものになってしまったわけだね?」
「さようでございます……」
わたしはリュートではなく公爵令嬢ミリアムとして今、彼の前に座っている。
本来ならわたしが後宮にいる事を知っているのは、皇帝陛下ご夫妻と、皇太子殿下とその奥様方、ごく一部の後宮の侍女、あとはなし崩し的に(突撃癖で)情報をゲットしたミュルレイシア皇女、それだけだった。
だが皇女とエルの契約についての話し合い中、ノックもせずに父親の執務室に飛び込んできた皇子にわたしの存在がバレ、やはりなし崩し的に事情を説明せざるを得なくなってしまったのだ。
その日、お妃様方に事情を話して午前中の授業を免除してもらったわたしは、再びアスターク公爵邸へと向かった。
出迎えてくれたリュゼ様は非常に不服そうではあったが、神の命とあっては逆らうわけにもいかないと受け入れる構えで、話し合いのその場にはリュゼ様の他、わたしとサヴァ、マリリン、クロ、エルしかいなかった。
あ、ユニコーンは離れたところで待ってもらっている。
あとキリはミューちゃんに預けてきた。
話し合いの最中はエルの監視が緩むからね。ていうかもうこれストーカーなんじゃないかと思うのはわたしだけだろうか。
「エル、ずっとミューちゃんを見守っててくれたの?」
ワン!
と元気に吠えるエル。
今は子犬の姿ではなく、ほぼ成犬である。
だが事件当時はまだ子犬だったはず。
それを思えば、空間魔術を見て覚えるとか末恐ろしいほどの才能には違いない。
「ミューちゃんと契約するって、どんな内容の契約をするの?」
わうあうがうう、となんか言ってらっしゃるがいっちょん分からん。
するとリュゼ様が通訳してくれた。
『ずっと一緒にいたいそうです』
ずっと、ずっとかあ。
聖獣のずっとってシャレにならないんだよね。花嫁ってパターンがあるって神は言ってたけど、『死なないように餌として飼い続ける』がお気に入りへの扱いっていうのもいたからねえ。
「エルがミューちゃんと会ったのって誘拐事件のときとこの間だけでしょう? 何がそんなに気に入ったの?」
エルはリュゼ様に向かってがうがう言う。
『帝都を覗いていて、いつも楽しそうな子がいると思っていたそうです。その子が泣いている声が聞こえたので確認したら、異空間の中で男に捕まっていたため、相手に咬みついて助け、いつもいた場所に戻した。そう言っています。あんまり泣くので頬を舐めたら柔らかくて、涙が美味しかった。あと、すりむいていた足のケガを舐めて治したが、血もものすごく美味しかった、と』
「却下」
きゃうん!?
エルが『どうして!?』というように鳴いたが認められるわけがない。
下の子たちを同席させなくて良かったよ。『人間って美味しいんだ』とか思われたらたまったもんじゃない。
きゃんきゃん涙目でわたしにすがってくるエルを、マリリンが前足で思いっきり殴りつけた。
ぎゃうん! と鳴いて気を失った我が子を放置し、マリリンは申し訳なさそうにわたしにぺこりと頭を下げる。
うん、いいんだよ。何でもかんでも親の責任って、そういうのあんまりだよね。
『生贄は困りますがエルは皇女を花嫁として娶るつもりはあるのでしょうか』
淡々とリュゼ様が訊く。
サヴァとマリリンは困ったように顔を見合わせた。
そして何事かリュゼ様と話している。
『ふむ……なるほど。2人としては、エルが望むのなら地上で聖獣として暮らす事に反対はしないそうです。ただし、生贄を求めない事が条件だと』
さすが。
いくらなんでも生贄はない、それをちゃんと分かってる事にわたしはちょっと安心した。
なにしろあの神が関わってる事を思えば、『人間の1匹や2匹、踊り食いにしてなんの問題が?』とか言っても不思議はない。
「エルはさ、分かってるのかな、生贄と花嫁の違い」
『確認してみましょう』
その後、マリリンが水魔法でエルを起こし、再度の質問タイム。
彼の『ずっと一緒にいたい』が、餌でも生贄でもなく愛する相手……「花嫁」としてだと確認できたところで、わたし達はエルを連れて謁見に臨み、皇女に全てを話すこととしたのだ。
そしてその結果、皇女はエルの花嫁となる事を望んだ。
獣人の子供の姿に突然変化したエルが、謁見の間で皇女にプロポーズをしたのだ。
自分はもう誰とも結婚できない、家族の役に立てないと苦しんでいた皇女は喜びの涙とともにこれを受け入れた。
まだ7歳なので婚姻は先の話になるが、ミュルレイシア皇女は「神の花嫁」となったと対外的に説明される。
「聖獣の花嫁」ではなく「神の花嫁」なのは、この世界での聖獣の印象が恐怖の対象であること、聖獣の姿は様々だが一般に恐ろしい姿の魔物や獣であることから、リュゼ様が「聖獣」と公言しないようにと言ってきた。
なんだかんだでリュゼ様は優しい天使様なのだ。
皇女を案じるその姿を見て、わたしはなんだかほっこりした。
と、ここまでは良かった。
その後、詳細を詰めようと皇太子殿下の執務室に父とわたしと3人で移動。
話し合いの最中に『ばああぁーーーん!! ちょっと待ったぁーーー!!』的なノリで突撃してきたのがウィクトル皇子だった。
うん、デジャヴュ。なんか血を感じる。
もしや殿下も子供の頃はこんな感じでノックしない子だった? と、そう思わせる何かがある。
その時わたしはドレスを着ていた。
向こうからしたら、『なんだこのガキは』という状態だ。
「こちらはアスターク公爵家の御令嬢ですか?」
そう聞いた皇子に、皇太子殿下はご機嫌ナナメでこう言った。
「第4妃候補だ。お前の母親になるかもしれんのだ、頭を下げてしっかりと挨拶をしろ」
その時の皇子の顔はそれは見ものだった。
ここだけの話、うちのパパンもニヤリとしていた。
で、次の日の今日、わたしの午後の自由時間は「説明を求む」という皇子によって潰されたというわけだ。
ちくしょう、わたしの自由時間……っ!!




