契約命令
エルが聖獣契約を本気で結びたがっている事、サヴァとマリリンはそれに反対している事を確認し、わたしは帝都に戻った。
エルがミュルレイシア皇女を誘拐犯から救ったこと。
誘拐事件の裏にはグラスリアがいたこと。
とりあえずそれが分かればいい。
何よりもまずはグラスリアの脅威について情報を共有するのが先だ。
彼らがミュルレイシア皇女の身柄を手にすることを諦めたとは考えにくい。
サウザンよりもグラスリアをなんとかせねばならないが、問題はグラスリアには300年前の聖獣の生き残りがいるという事だ。
グラスリアの聖獣は、王族もしくは高位貴族のみを生贄とする契約をしているが、うかつに手を出すと何が起こるか分からない。
聖獣は生贄と引き換えに国のトップの願いを叶える。
もちろん死者を甦らせるなど不可能な事はあるが、もとは天に仕える獣である。
人間にはできないことも軽く叶えてみせる。
グラスリアの先代国王は、気に入った女を次々と後宮に入れ大勢の子供を産ませた、子沢山の人物である。
その後を継いだ今代の国王は、同母の兄弟姉妹以外を王族として認めず虐げているとか。
『その兄弟姉妹を使って皇女誘拐を成功させようとしたのでしょう』
まだ情報が入ってきていないようだが、リュゼ様が『何をしていてもおかしくない』と言っていた。
陛下と皇太子殿下に報告して対策を練らねばならない。
あいにく、きょうのうちにお2人とお会いする事は叶わなかったが、明日の午後遅くに謁見ができることとなった。
わたしじゃなくて父様が。
わたしはその後ろについて行って報告する予定。
人と会う前は約束を取り付けてから、大事なマナーだけどちょっと面倒だよね。
で、その夜。
神がわたしの夢に現れてこう仰られた。
「いーんじゃない? 別に。させてやりなよ、聖獣契約」
それを聞いたわたしは、もちろん冷静にこう申し上げた。
「はあっ!? あんた何言ってんの!? あんなエゲツない契約、させるわけないでしょ!」
「えーー、別にいいじゃん。そりゃ確かに300年前の主流や今残ってる契約の内容はひどいもんだけどさ、あの子は純粋に皇女が気に入って契約したいだけなんだし」
でたよ、人間どうでもいい発言。
わたしがジト目でにらんでやるも、神は気にせず続ける。
「契約の相手っていうのはさ、これまでは個人じゃなくて血族だったんだよね。神界や天界の存在からすると人間って寿命短くて契約する意味がないしさ。それに存在が小さいわ薄いわで個々の区別とかつかないし」
さらっとひどい事を言う神。
「まあそれは人間以外もそうなんだけどね。大体、よっぽど好きな生き物じゃなきゃ個体識別なんてできないでしょ?」
「いやそれはなんとも……」
絶対できるとは言えないところが苦しいところ。
言い淀んだわたしに神はさらに続けた。
「あの子、エルはさ、誘拐事件以来ずーーっと皇女を見守ってたんだよ? 今だってそうだ。いじらしいじゃないか。僕はそんな彼の望みを叶えてあげたい。だから聖獣の誕生を許可します。というか命じます。あとよろしく」
「っておい!!」
わたしが神の腕を掴んで引き止めると、ヤツはめんどくさそうに振り向いた。
「え〜〜何かあるの〜〜」
「あるさ! 契約についてちゃんと教えてよ! まずは個人と血族の違いについて!」
「え〜〜そのままだよ。エルと皇女、1対1の契約。他には誰も関わらない。血族よりお得だよ? お願いはできるだけ叶えてくれるしお願いする前に動いてくれたりするし」
「そこんとこがよく分からないんだよね。他の聖獣って生贄を求めてるでしょ? 契約したら皇女はどうなるの?」
「エル次第だよ。血とか肉とか要求されるかもしれないけど、対象は1人なんだから死なないようにするだろうし、最低でも普通より寿命は長くなるんじゃないかな」
「最低でも?」
「人間のままの契約ならね。花嫁になれば神格を得て不老不死になるよ」
「花嫁ぇ〜〜〜!? ふざけんな神! わたしのミューちゃんになんて事させようとしてんだてめえ!!」
がっしりと胸ぐらを掴んでがくがくと揺さぶる。
神は嫌そうに言った。
「僕じゃないって〜〜。どうしたいかはエルに訊いてよ〜〜」
「ちっくしょうエル! ミューちゃんに手を出したらただじゃおかん!!」
「当人たちに任せなよ〜〜。馬に蹴られるよ〜〜?」
「ユニコーンはわたしを蹴らん!」
荒ぶるわたしにうんざりしたように、神は「もう帰っていいかなあ」とわたしの苦情に全く取り合ってはくれなかったのだった。




