ホント、何でそうも強引なの?
鉱人の谷を通れば良いという目の前の人物。
だが、それは常識的に考えて酷く苛酷な道であるはずだった。
僕が知っている知識で言うと、ナナップから北へ向かった先にある丘陵地帯を越えると木々が少なくなり、やがて荒涼とした大地へと至る。
そこには巨大な湖があり、流れ込む巨大な川が鉱人の谷へと至る道でもある。そして、丘の湖側は崖になっており、そこを降りると巨大な虫の世界へと至る。どういう訳かその虫たちは崖を超えて上がってきたりはしない。
その虫の世界に棲むのが鉱人であり、彼らは様々な虫の素材と崖を掘って得られた鉱物を扱う職人集団でもある。
丘のこちら側でも彼らの造った品々は流通しているが、それはもう異常に高価なモノで、ふつうに手に入るものとはとても言えない。ああ、そうか、目の前の人物の持つ槍はもしかして?
「何よ。普通に谷へ降りてそのまま北へ向かえばよいだけよ。所々に鉱人の村や町があるから食糧にも困らないわよ」
と言っているが、そもそも虫の存在はどうなんだろうか?
「虫?湖近くに居るけれど、上流へ行く毎に小さくなるわよ。緑が見えだす頃には虫も見なくなって、魔獣が少々いるくらいね」
という事らしい。
なるほど、それなら大したことはないのかもしれないが。
そんなイナリの説明を聞いて、まあ、とりあえずの支度をして、二日後には早々に旅立つことになった。
森の民は普段は森から出ない。
それというのも竹の特性にも問題があって、魔力との相性が良くないからだ。
僕たちの住む森は魔力が薄く、魔物の生息もほぼ無く、獣や木の実が多い上に、畑を営むにも適した気温だ。わざわざそこから外に出ようとは思わない。
森を出てナナップまで南下すると魔力も濃くなるし、気温の変化も大きくなり、夏は非常に暑く、時には豪雨まである。森の様な環境では無い。北?聞くだけ野暮だと思う。
そんな訳で、僕としては刺激の無い森よりも、面白そうな鉱人の谷や虫に興味があった。
何を用意すべきか問うと、イナリは2、3日あれば鉱人の村に着くだろうからその間の準備だけで十分だという。
確かに、主要な街道を谷へと向かうだけなので困難がある訳でもなく、大した旅ではなさそうだった。
「ほら、こっちよ」
イナリに導かれるままに整備された道を進み、丘を越えると、海かと思う様な湖面がどこまでも続いている。
見渡す限り巨大な湖である。
「丘を越えて来ただけのはずなのに、高山を登ったのかと錯覚するよ」
そこから見下ろす世界は森にある山から見下ろすよりも高さがあるように見える。もちろんだが、僕たちは高山に登った訳ではないのだが。
「こういう所よ。昔、神さまと龍が戦った跡だとか、途中で作るのを忘れた海だとか言われているわ」
ま、たしか、忘れの海とか未成海なんて言われてるんだっけか。しかし、海と言うより湖だろ?ぐるっとこうして丘や平原が囲んだ窪地だって事は分かってるんだから。
「ほら、降りるわよ」
そう言われてついていく。
そこはただただ急な坂道の九十九折れが続く道だった。
ふと、目の前に関所のようなものが現れた。
「あれ?あんなものあったっけ?」
おい。通って来た道じゃないのか?なぜそこで疑問符が付いているのか分からない。
疑問に思いながらも突き進むイナリに続いていくと、それはどうやら下界へ降りるエレベータであるらしい。
「そこのふたり、通行証は?」
門番であろう人から声を掛けられたので冒険者カードを出す。
「おいおい”新人”じゃないか。ん?特技持ちか。弓と槍。そうか、まあ、生きて帰って来るんだぞ」
そう言って二人の冒険者カードを返してもらった。この下ってそんなにヤバい所なんだろうか?
「そんなに下ってヤバい所なの?」
イナリに聞いてみる。彼女の説明ではそんなことはなかったはずだが。
「そうね。冒険者としていくなら危険は大きいわね。大カマキリだとか大クモとか居る訳だし。イナゴなんかは美味しいらしいけど」
イナゴがおいしいというのは余計な情報な気がしなくもない。
そんな話を聞きながら、促されるままにエレベータに乗り込んで下へと向かう。
結構な高さを降りたからだろう、耳がものすごく痛いし、なんだか頭がすっきりしたのだろうか?感覚が違ってくる。
「はい、到着です」
そう言って係員だろう鉱人が乗客を誘導し、入れ替わる様に上りの乗客を乗せて行く。
「上りの際には気を付けてくださいね。気分が悪くなる方が大勢います」
なんだそれ。いや、仕方が無いか。ここから見上げると首が痛くなるほど高い。
スカイツリー以上かもしれない。
ああ、なんだかもう一つの記憶も思い出しやすいし中身の理解も簡単だな。ここ。
そうか、海抜マイナス500m以上は確実にあるという事だから、酸素濃度も高いだろう。それが虫を巨大化させている原因かもしれない。川を上流に登ったり、崖を超えて虫が外へ出て行かない理由もそれなら説明が付く。
「あれ?ここじゃない気がするんだけど?」
などと案内人が言っている。大丈夫か?
一応、今のところは人の流れもある。鉱人らしいガッシリした体格の人が多い。うん、女性もな。
不安を抱きながらもイナリの後を付いていくしか僕の選択肢はない。