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それは狂乱の舞と言うしか言い表せない

「側近級が出てきたら、それを倒して撤退ね」


 と、えらく慎重な指示を出すイナリ。


 鬼たちは今、対岸に意識を集中し、一部が渡河しようとしている。


 僕らはそれをじっと観察して町の動きを探っている。


「でも、対岸で何も起きないとこっちの警戒もしてくるかもしれないな」


 渡河している小鬼集団を見て僕はそう言った。


 普通の感覚であれば、そんな発想にはならない。しかし、僕の弓は特別性だ。


 争うように渡河する三艘の小舟がある。


 そして、一番乗りを決めて意気揚々と指揮を執ろうとする身なりの良い小鬼。


「警戒が甘いよ」


 僕はそう小声で言って、その小鬼を射る。


 小鬼の首に刺さり、矢の勢いと小鬼の動作によって舟側へと倒れ込んだ。


 小鬼たちから見たら一瞬の事で岸の茂みから放たれたと錯覚しただろう。


 盛んに辺りの茂みへと矢を撃ち込んでいる。


 そして、更なる増援として舟が着岸して小鬼たちが降り立ち、岸から茂みへと駆け込んでいく。


 茂みもまだ届く距離だ。


 新たに矢を番えて茂みから飛び出してくる小鬼を待った。


 その頃になると茂みにまったく手ごたえがないことに違和感を持って辺りを警戒しだす個体が多くなる。


 そうして一瞬無防備になった瞬間を狙い、さらに射かけた。


 茂みが安全と思ったか、崖になった部分を無防備に登り切った小鬼を射落とした。


 同じく崖を上っていた小鬼も巻き込んで落下したので小さな騒ぎが起き、崖上へと警戒が集中していく。


「うまくやったわね。あいつら、対岸の村を警戒しだしたわよ」


 小鬼たちは既に呑み込んで無人であるはずの集落を警戒して進んでいく。


 さらに増援も繰り出されている様子で、ドンドン河原に鬼や小鬼が降りてきている。


「ん?これは」


 真っ先に気付いたのはヤーナだった。


 僕らもそれに気づいて町を見る。


「あの豪奢なのが魔王ね」


 というイナリ。


 僕は矢を番え、魔力を込めずに放った。


 それがどうなるかはある程度予測できている。


 対岸に注目する群の中で、全く別方向からの攻撃である。


 魔王は当然ながらシールド魔法を常時展開していたらしい。


 マンティス矢じりの矢を簡単に弾いている。


 そして、こちらを向く魔王。


 魔王はどうやら射線で僕の居場所を把握したらしいが、悠然と見返すのみで指示すら出そうとしなかった。


 そんな魔王の周りは矢を射かけられたことで対応に追われている。


 が、多くの群が対岸へと意識を向けているのでその指示が混乱を招く始末だ。


 それが分かっていたからこそ、魔王は動かなかった。


「ちょっとしたシールド魔法なら貫通してもおかしくないマンティスの矢じりをダメージなく弾くんだから、そこに隙もあるよね」


 と、僕は小声でつぶやく。


 そう、僕から見れば魔王の行動は隙、そうでなければ驕りに見えた。


 矢が魔王に弾かれたころには二の矢を番えており、魔王と目が合った時には矢に魔力を込めていた。


 二の矢をも悠然と受け止めようとした魔王。


 突然の発光で混乱する魔王周辺。


「ちょっと、目をやられたじゃない」


 イナリが抗議してくる。


 どうやらヤーナも似たような状態らしい。


「まさか、魔王を一撃とはな」


 エイナルさんは見えたらしい。


 僕は矢がシールドと干渉する寸前で目を瞑り、しばらく待って目を開いた。


「僕としてはもっと強靭だと思ったんですよ」


 エイナルさんにそう言い訳する。


「まったくアレクの事を笑えんわい」


 と、ミツヨシ様も呆れ声である。


 きっと魔王は魔力矢の魔力に対抗するために踏ん張ったのだろう。


 とっさの事なのに凄い反射能力だと思う。


 だが、そのためにシールドに多大な魔力を注ぎ込み過ぎた。


 魔力矢は魔力に点を穿って侵入する。


 必要なのは層の厚さよりも、その速度を殺せる「硬さ」のはずである。


 もちろん、魔力を使い果たすほどの厚さを持たせれば良いのだが、魔力エネルギーをまんべんなく面に均していては、矢の長さ分侵入されてしまうので、魔力が持たない。


 もし魔力量が莫大にあっても、矢の速さより速く厚さを増すのは無理がある。速さを理解した時点で遅いんだから。


 矢を防ぐには厚さではなく「硬さ」を増してエネルギー消費を増やして消耗させなきゃいけないが、まあ、初見で理解するなんて不可能だろう。


 結果、余った矢の魔力が魔王の体に侵入して魔石が暴走し、胸から上を吹き飛ばしていた。かろうじて皮一枚で繋がった両腕が垂れている姿が何とも言えない。


「え?」


 イナリの目が回復して見えたものは、変わり果てた魔王だった物体がゆっくり倒れる姿だった事だろう。


「我らもやるかの」


 ミツヨシ様がそう軽口を叩いて、とんでもない速さで魔王周辺の立ち尽くす鬼へと射掛けていく。


 エイナルさんもそれに続く。


 たった二人しかいないのに、十倍の人が居るかのような量の矢が降り注いだ幹部たちは次々矢が突き立って倒れていく。


 もう、こうなると統率力のない集団はテンでバラバラに逃げ惑う事になる。


「さて、アタシも暴れるわよ!」


 外套を脱ぎ捨てて飛び出していくイナリ。


 そして、チラッと僕を見てそれに続くヤーナ。


「魔王を狙撃するって話だったからこの弓しかないんだけど」


 速射には向かない僕のコンパウンドボウ。


 狂ったような速さでそれでいて突撃した二人を綺麗によけながら矢の雨を降らせるミツヨシ様とエイナルさん。


 僕はしばらくそんな狂乱の舞をただ眺めている事しか出来なかった。

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