ようやく登場させた秘密兵器
イナリの要求にこたえる事の出来る個体が見つからない。
「普通の小鬼でも動きはあると思うんだけど?」
そう僕が答えると、不満そうにこっちを向く。
「それで魔王が出てくるわけないじゃない」
それはそうかもしれないが、どうしろと言うのだろうか。
そうだな、ここから死角になっている地点へ行ってみるか。
みんなに移動を促して場所を変える。
ここは川に面した町なので、反対へ回ると川である。
その為、鬼たちも主に三方へと注意を払っている。川から来れば嫌でも見つけることが出来るから、見張りも少ない。
「けっこう広い川だな」
と、僕は感想を述べる。
僕らの弓であれば有効射程ではあるが、普通の弓であれば河原に出て射るしかできない。
そんな丸見えの場所から打ち上げても威力が乗るはずもなく、打ち下ろす鬼たちに負けるのは明らかだ。
鬼たちにとってはそれは油断でもある。
だからだろう。
河原の見える位置まで来ると、河原に居る鬼たちが見えて来た。
「こんなところに居たのか」
ヤーナも驚いている。
それは僕も同じだ。無防備すぎやしないだろうか。
「あそこから対岸を見張れば良いだけだからのう」
と、櫓の一つを指さすミツヨシ様。
なぜこうも僕らが簡単に動けているかって?
イナリが僕らだけで動くと宣言した理由はその装束にある。
谷でマンティスを相手にするため、僕らは擬装を行っていた。
アーマード・マンティスに近づくため。ヤツからの発見を遅らせるためだ。
魔物類の特徴は目にある。
相手を視認するというよりも、相手の魔力を視ている。
なので、まずは魔力を遮蔽して行動しないといけないが、そんなことは難しい。
気配を消すだとか言うが、魔力をうちに閉じ込めることはほぼ不可能だ。
そこで、周囲の草木と同化する働きを持った擬装が作られた。
発想自体はなんていう事はない。
記憶にある赤外線擬装みたいなものだ。
だが、実際に効果を出す素材となるとなかなか手に入らない。
そう、シースルーの素材がそれだ。
シースルーはただ透明化しているなんてレベルではなく、魔力すら遮蔽しているので気配を察知する事も難しい。
そのわずかなスキが真後ろに存在はするが、そこですらよほどのことが無いと見破れないほどだ。
そんな素材を用いて作った外套を使えばどうなるか?
極々近距離からなら視認できるが、弓の射程ほどの距離まではなれてしまうともはや分からない。
透明化が出来ていなくとも、魔力を見ることが出来ないのだから、見えないのと同じだ。
シースルーの討伐数があまりにも少ないのでほぼ出回る事のない伝説の素材。
同じ種族のアーマード・マンティスなら使えるだろうって?
もちろん使える。
しかし、言ってみれば視覚用の擬装と赤外線用の擬装ほどのに性能差がある。
アーマード・マンティスの素材で作っても、立ち止まれば視え難くはなるが、動いてしまえば見つかる。
それでも希少価値は非常に高い訳だが。ワームの浸食度合いで性能が激変して、ほとんどの場合擬装性能は無きに等しい。
そんな訳で、わざわざ博打を打ってまで外套に加工などはしない訳だ。
そんな伝説級の外套で移動しているので、鬼たちには全く気付かれていない。
この外套の欠点は管理が大変な事だろう。
一日使うとそのあと二日程度は使えない。連続使用するとあっという間に劣化するというトンデモナイ使い勝手の悪さを持つ。
そこはそこはあの三人をもってしても解決法が分からないという。
さて、河原がハッキリ見える様になると、河原で作業する鬼たちを発見した。
「アレは知能の高い加工鬼ね」
職人だよな?
なるほど、鬼や小鬼にも職人が居て、ああやって革の鞣しなんかをやってるわけか。
「加工しているのはカイヌーで狩られた住民だろう」
と、感情のこもらない声で言うヤーナ。
人の皮なんて何に使うんだろう。恐ろしい。
「ヨイチ、アレなら狙う価値があるわよ。加工鬼は貴重な存在だから、少なくとも側近が出てくるはずよ」
と、イナリが言う。
ならばと、矢を構えて狙いを定める。
複数の鬼や小鬼が作業しているが、その中で作業を指揮しているっぽい大型個体が居る。あの鬼が工房長みたいな存在ではないかと思う。
「あの指揮官みたいなので良いかな」
そう聞くと、イナリは頷いた。
ソレを確認して狙いを定めていると、不意にその指揮官がこちらを振り向いた。
だが、ハッキリと僕を視認できたわけではないらしく、良く確かめようと体をこちらへと向ける。
胴体と言う大きな的が出来た事で、胴を狙って射る。
「あ」
そう声が漏れてしまった。
「ちょっと、何やってるのよ」
きっとイナリには外したように見えただろう。小声でそう抗議してきたが、弓使い二人の反応は違った。
「やれやれ、これはとんでもない弓が出来てしまったモノよ」
と、呆れかえるミツヨシ様。
「矢の速さ自体が全く想像の範疇外だ」
改めてマジマジと見たエイナルさんの感想はそれだった。
そんな2人の感慨とは無関係に、指揮官の鬼が崩れ落ちた。
「え?当たってたの?」
小首をかしげるイナリ。興味深そうに注視しているヤーナ。
「鎧を着ていない胴を射抜いたからね。シールド魔法も張っていなかったから魔力も込めてないよ」
僕がそう言うと唖然とするイナリだった。
そして、騒がしくなる河原。
「まあ良いわ。予定通りの騒ぎになりそうね」
イナリの言った通り、河原から小鬼が町へ張離婚でしばらくるると小鬼や鬼が複数出て来た。
「貫通したのが幸いだったな。対岸から狙われた可能性に目が向いている」
ヤーナが言う通り、櫓上の鬼も、河原の群も、対岸へと注意を払っている。