とうとう、目的地に到着した
「ねえ、鬼を倒したの?」
宿へ帰るとイナリからいきなりそう聞かれた。
ヤーナの言い方が引っ掛かったので倒さなかったことを告げるとホッとしている。
どうやらイナリはこちら側だった。
「それが正解よ。魔王さえ倒せばいつもの日常に戻るんだから」
と言っているが、そのいつもの日常と言う奴が、僕の常識からかけ離れている気がしないでもないが。
「ハァ?じゃあ、森から出なければ良かったじゃない」
まあ、そう言われてしまうか。
ナナップでもシールドボアの様な魔獣が出る。
より南方に行けば狼なんかもたくさん居る。
森の常識は外では非常識と言って良い。
なので、この北方でも小鬼が徘徊しているのは日常だという。
「第一、どうやって根こそぎ倒すのよ。連中がどこにいるのかすべてを把握するなんて出来っこないし、把握したらしたで下手に数を減らすと常に魔王級の個体が湧いて出て狙われるだけになるじゃない」
との事だった。
鬼族が暮らして行けない危機の時しか魔王は現れない。だいたいそれが個体数の爆発や飢饉によって起こるので、100~200年周期になるのだという。
しかし、個体数が激減して人の生活圏が拡がれば、当然ながら鬼族には危機意識が芽生え、自分たちの生活圏を取り戻しに来るだろうという。
それは確かにそうなるだろう。
「魔王になり損ねた偽王ならまだしも、魔王は人と変わらない知恵を持つんだから。そんなのがたくさん出てきたらやられるのは私達よ」
と言う。
それはそうかもしれない。
だからと言って人族が手を取り合って団結できるかと言うと、それもまた難しいだろう。
特に忘れの海より南の世界にとっては北方の事など関係がない。
では、より北へ伝手を頼ればという話になるが、どうやらそれも無理らしい。
「北なんて砂の丘が広がるだけの場所よ。確かにその先にも人や魔物が居るけれど、わざわざ砂の丘を越えて魔王討伐になんか来るわけないじゃない」
そりゃあそうだ。
何なら、来られても困るだろう。
良く分からん連中に支配権を握られる可能性を考えれば、交流は最低限で良いはずだ。
そんな訳で、一日ヤーナの事後処理に付き合う形で時間を浪費した。
翌日、カーマネンへ向けて出発したが、やはりそこから先も似たような景色がずっと続いていた。
時折、小鬼の気配を感じる事はあるが、群ではなく僕らを監視しているだけの様だ。
その様な事を4日続けていると状況が変わった。
4日目には比較的大きな町へ着き、そこを出発するとそれまでのような監視がなくなった。
「どうやら監視がなくなったね」
僕はホッと胸をなでおろしたのだが、北の部族3人はそれまで小鬼を気にもしなかった筈なのに、今は周りを気にしている。
「ねえ、ほんとアンタってバカ?小鬼が居なくなったって事は、魔王の縄張りに入ったって事よ?」
と、イナリが言って来る。
なるほど、そう言う事だったのか。
「この道は魔王が居そうな場所を避けて遠回りしている。だが、魔王の配下の群にどこで合うか分からん。気を抜くな」
と、ヤーナからも指摘された。
随分と遠いなと思っていたが、遠回りしていたのか。
「もしかして、カーマネンの領都へ着く前に、その群と一戦とかもあるのかな?」
うんざりと僕はそう聞いた。
「その覚悟はしておいてくれ」
というヤーナ。
なぜかそれがうれしそうなミツヨシ様も頷いている。
何で周りはこうも脳筋が多いんだろう。
フラグでなければ良いがと思いながらその先の旅を不安と主に過ごしたが、結局それから2日でカーマネンへと到着した。
そこは領都と言うだけの事はあり、壁に囲まれた街が形成されていた。
門の前ではしっかり門番が存在するが、特に税を取り立てたり荷物検査をするでもなく通してくれる。
「ここは誰でも出入りが出来るのかな?」
よくある関所や街壁の門での通行料徴収が行われていない事を疑問に思った。
「海へ向かへば関で徴収されるが、北の森ではそのような事は行っていない」
北の部族も森の恵みや田畑の作物があるので特に困る事はないらしい。
メシと言う作物が気になったが、どうやら米に近い水田作物であるらしい。
雨季に田植えを行い、乾季に実って収穫を行う。
これまでナンみたいな感じの薄いパンとして食べて来たが、アレは保存を考えてそうなっているとかで、カーマネンの様な都会ではそのまま蒸して食べることが贅沢とされているらしい。
そんな連作障害の影響が少なく、収量もある穀物を手にしている関係から、結構裕福で泊まった集落や通過した集落でも飢えている感じは無かった。
「『森』同様に豊かって事なのかな」
そう返すと、頷くヤーナ。
「そんな豊かさをかすめ取ろうとしてるのが南方人よ」
と、イナリが割って入った。
「『森』同様に、豊かなだけではなく、強さもある。その事で手出ししてこないんだけど」
と、エイナルさんも言う。
そうである為には、鬼を根絶やしにしようなどと言う愚行で無駄に疲弊しては挟み撃ちに合うだろうというのがイナリの考えだった。
「鬼が居れば南方人も容易に入り込んでこれないもの。鬼も利用価値があるのよ」
との事だった。