人が小さく見えるな
あえて小鬼たちから見えるように大振りで矢を構えてみせた。
そして、近くにいるミツヨシ様への視線を送る。
ミツヨシ様も頷いて矢を番える。
そして、小鬼たちを見回してみると、一部に動きがあった。
どうするか同じ方向を見る小鬼たち。そして、その方向に居る一頭の小鬼。
その小鬼めがけて矢を放つ。
すかさず新たな矢を取り出して番える頃には、狙った小鬼に矢が突き立っていた。
革鎧だろうか。
小鬼も何やら着込んでいるが、プレート・マンティスの矢じりはいともたやすく貫き、胸に深々と突き立っている。
数舜して崩れ落ちる小鬼。
隣から矢を放つ音が聞こえた。
浮足立った集団の中で指揮を執ろうとしていた小鬼ののど元に矢が突き立った。
僕も次を探した。
そして、慌てふためく小鬼の中に、その騒ぎを統制しようとしている個体を見つけ、ソイツへ矢を放つ。
ミツヨシ様も矢を放っている音が聞こえるが、その成果を確認することなく、新たな獲物を探した。
そんな事をしばらく続けていると、最後方に居た鬼が唸り声をあげた。
「総攻撃かな?」
僕がそう身構えて、それでも有力そうな個体を倒す手を止めない。
「撤退らしいのう」
そんなミツヨシ様の声と共に小鬼たちが逃げ出していった。
「追い討ちを掛けろ!」
ヤーナのそんな声に、村人が一斉に飛び出していった。
こうなると僕らのやる事はない。
ここは森ではなく、何の打ち合わせもしていないために連携が取れないので下手に手出しをしては何が起きるか分からない。
僕はその場で様子を窺った。
どうやらここから見える範囲までしか追撃しないようで、突撃していった村人たちは矢を撃ちかけた後、矢の刺さった小鬼に止めを刺してまわる以上の事をやらなかった。
「ヨイチなら、あの鬼も狙えたんじゃないか?」
ひと段落したところでヤーナからそう声を掛けられた。
確かに狙えた。
魔力矢として放てば倒せただろうとも考えている。
しかし、どうにもヤーナの言い方が引っ掛かったので狙いを前線指揮官級の小鬼へと変更した。
「狙っていたらどうなっていたの?」
そう、質問で返してみた。
その事で理解したんだろう。ヤーナがニヤリと笑った。
「予想通りだ」
そう言って説明してくれる。
どうやら、この場は鬼を倒せば終わっただろうという。
しかし、鬼の集落があり、あの鬼を倒したならば次の鬼がやってくることになる。
だが、それだけであれば話は簡単で、ヤーナならば難なく倒せるレベルだという。
ならば何が問題だったか。
「私に掛かればこの辺りの鬼など物の数ではない。しかし、そうして鬼を倒して行けば、個々に新たなリーダーになろうと別の鬼がやって来る」
という。そりゃあそうだ。鬼が居なくなれば新たに区伯を無めるべくやって来るのは当然の事だが、それが何を招くかと言えば、魔王を呼び寄せかねないのだという。
「魔王の居場所や現在の状況を把握できていない段階でその様な選択は悪手だ」
と、言う。
「やっぱりね。引っかかる言い方だと思ったんだ。もし倒しても、僕たちなら鬼や魔王へも対処は出来るだろうけど、ここに魔王を受け止めるだけの戦力はないよね」
そう、周辺の鬼を倒す事は造作もない。
しかし、周辺の鬼さえ倒せば終わりかと言うとそうではない。通常でも厄介なのに、魔王が居るこの状況ではさらに予測不能な事が起こりかねない。
そして、ヤーナの事だから、もし僕が鬼を倒したとしても、その状況を受け入れて魔王を倒す方法を探ったに違いない。
それは頼もしい反面、よりいっそう面倒な事に巻き込まれる予感しかしなかった。
よく考えれば、ヤーナは猪突猛進で偽王と呼ばれる中ボスクラスの鬼を倒してまわった戦闘狂ではないか。
そうだからこそ、どこか残念そうな顔をしているんだろう。
「いやはや、ここであの鬼を倒しておけばよかったかもしれんの」
と、ワザとらしくミツヨシ様が言って来る。
ヤーナもそれに頷いているのだからホント、冗談になってない。
そんな事をしていると村人たちが戻って来た。
そう言えば、例の不思議な弓なのだが、突く事には使えていなかった。
止めを刺していたのは主に槍を持ったグループで、弓に着いた槍先はあくまでも護身用であるらしい。
「しかし、『森の民』とは思えない威力だったな。お前ら」
リーダー格らしい村人がそう言って来る。
僕は良く分からず首を傾げ、ミツヨシ様は「そんなものよ」と返している。
「ハッハ、良く言う。連中が着けた革鎧を射抜くなんて並の威力じゃあない」
と言い出した。
なんでも、指揮官級の小鬼の革鎧は熊の魔物から作られたもので、並の矢や槍は通らないという。
そうか、ミツヨシ様がのど元を集中的に狙ったのって、少しでも弱点を狙う為だったのか。
まあ、それ以上に驚きと言えば、社会性だけでなく技術力も人間に近い事だろう。
「鬼って人と変わらない程技術があるんですね」
驚いて言うと、笑われた。
「ありゃあ、技術じゃねぇよ。皮剥ぎの魔法を持つ者が居るんだ」
という、何とも恐ろしい連中であることを知った。
そんな固有魔法を持った個体がその権威?を示すためにああやって熊の革鎧を着こんでいるそうだ。
他の個体が無防備かと言うと、それもそんなことはない。
魔物って奴らは人の考え方が及ばないような技を持った奴が居ることをあらためて認識した。