伝統を守る事は良い事なのだけども・・・
集落へ帰り、事の次第を報告した。
ここですぐにどうなるという話でもないので、まずは本谷へと話を持って行って判断するそうだ。
「これまでもアーマード・マンティスやシースルーからの攻撃と思われる事例は数多く報告を受けていますが、それを倒すとは・・・・・・」
結局、すべてはそこに集約されている。
「どうじゃ?名声を得た感想は」
ミツヨシ様にそう聞かれたが、正直、実感がない。この場でギルドランクが”新人”から二階級特進で”中級”にでもなるなら実感があるのかもしれないのだが。その様な事は無いと、地上から派遣されているギルド職員が申し訳なさそうに言う。
「名声を得た実感はありませんが、これまでにない獲物を倒したという高揚感や達成感はあります」
そう言うと、にこやかに笑うミツヨシ様。
その後、マンティス狩りを切り上げて僕たちについて来るというミツヨシ様達。
「君の底知れない才能に興味を引かれるのはもちろんだが、それと同様に私は、いや、ミツヨシ殿もその弓に興味を抱いているんだ」
と、帰りの道でエイナルさんにも言われた。
コンパウンドボウはかなり特殊なので嗜好が分かれるようだが、スパイダー繊維強化弓の方にはエイナルさんもミツヨシ様も興味津々で、ずっとみられているのも嫌になり、ミツヨシ様に弓を手渡した。
そこからミツヨシ様とエイナルさんは谷につくまで弓談義を行い、僕にも意見を求めて来た。
嫌では無かったので付き合っていたが、女性二人はバカを見る呆れたような目をしていた。
ついでに言うと、帰りがけに矢を手渡して魔力矢の発現方法についてもアレクさんの理論的な補足を交えながら説明したら、なんと、2人とも出来てしまった。
ソレを視たヤーナが、嫌がるイナリに槍への魔力の纏わせ方を執拗に問いただしていた。
こちらは材質が違うので長刀で発現させることは叶わなかった。
それを見て、ミツヨシ様も竹矢で試したが、やはり発現しなかった。エイナルさんも自分の矢で試したが、わずかにそれらしくなる以上の効果は見られなかった。
「ヨイチは相当に特殊と見える。だが、この矢を作り出した職人もまた、かなり特殊な部類であろう」
ミツヨシ様はそう言ってアレクさんを見る。
「確かに、ヨシフは異質な奴ではある。そのせいもあって周りから恐れられているくらいだ」
まあ、あの雰囲気は怖すぎる。
「逆らったらシベリア送りにされる!」
と、なんだかよく分からない恐怖感が湧いてきてしまうんだもの。
帰りがけに魔力矢を発現で来た2人に、スパイダー狩りを提案してみたが、矢が合わないと言って断られてしまった。
やはり、偉大な名手や英雄と呼ばれる人物でも、矢を選ぶんだね。分かってたんだけど。
そして、谷に着くと早速ヨシフさんの所を尋ねた。
「何だ?人が増えてるじゃないか」
いつも通りのヨシフさんだが、動じる二人ではない。
そして、ヨシフさんがたじろぐ勢いで弓についての話を始める二人。
ヨシフさんに助けを求める視線を送られたが、遮る勇気もない僕は首を横に振る。
二人は谷に着いた時点で弓のエネルギー効率の在り方について、ヨシフ流をある程度理解していた。
「ワシも常々、弓に用いる竹はハイト竹が良いと思うっておった。それを更に突き詰めたのがお主の弓であろう」
と、ミツヨシ様が言っているし
「そうでしょうな。常々我らの弓では他を圧倒できないと悩んでいた。しなって欲しい。しかし、強度も欲しいと。その答えがあなたの弓だ」
とエイナルさんも言う。
ヨシフさんはそれを照れるでもなく、謙遜するでも無く聞いた。
「いずれ誰かが行きつくところだ。弓の性能を求めて行けば、自然とそうなるしかない」
そう言った。
そして、ミツヨシ様は予備だと言って、森の名弓の一つを差し出し、アレコレ仕様や要望を伝えている。
エイナルさんはと言うと、いつの間にか連れて来られたセルゲイさんを捕まえて、例のカーボン弓をヨシフ型にした新型弓の仕様を詰めていた。
ホント、フットワーク軽いなぁ~
ちなみに、イナリはヤーナに付きまとわれて、なぜか成り行きでイナゴ狩りに向かった。ちょっと何やっているのか分からない。
「どうした?ワシの行動がそこまでオカシイかの」
しばらくしてミツヨシ様にそんな事を問われた。
「正直に言えば、驚きました。まさか、名弓を差し出して加工を依頼するなど、信じられません」
それを聞いて、なぜかため息を吐くミツヨシ様。
「そういう考えに至るのは、ワシに原因があるじゃろうな。ワシが魔力脆化などを検証、解明してしまったからだ」
魔法脆性として世に伝播した森の民の弱点。それはミツヨシ様の研究から発見、解明されたモノだった。
それからというモノ、表立ってミツヨシ様を批判する者こそいないが、頑なに魔法脆性から目をそらし、耐魔法素材の研究や導入という動きを尽く否定するようになったのだという。
「ヨイチ、分かっておるのだろう?言葉にできずとも、感じ取ってはいたという所か」
実は、シールドボアに襲われるまではただの天狗だったんだけどね。しかし、シールドボアに鼻っ柱をへし折られると同時に、前世の記憶らしきものを探る事が出来るようになった。だからこそ、ミツヨシ様の言葉が分かるんだけど。
「鉱人の弓が優れているからと、竹弓を無くせと言う事ではないが、竹に足りない要素をこうして取り入れる事こそ、先へ進む事だとワシは思うのだがな」
その言葉を僕は理解できる。
しかし、森の多くの人にとって、それは森の民の誇りを汚す事だと思われている。どうすれば解決できるのか、僕では名案が浮かばない難しい問題だ。