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僕はまた、はるを運ぶ。   作者: 狩野 ゆみ
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※ハル、あれから幾つ数えただろう。

もちろんハルだけではない、さまざまな季節が入り混じるこの世界で僕は頑なにハルだけを数えていた。

出逢いと別れの季節、いわば始まりと終わりのハル。

僕がみてきたのはなぜか終わりばかりだったような気もする。その頃からだろうハルを数え始めたのは。

いや、僕がハルを意識しはじめてからだろうか、終わりが多くみえはじめたのは。どちらにせよ

僕はハルがきらいだ。



静かな風、ほどよい陽の光が背中をあたためる。本来なら誰もいないはずの背後から優しく肩を叩かれて僕は目を覚ました。

「智宏くん、、だっけ?みんな教室移動しちゃったよ」

とても不安そうでいて心地よい笑顔を見せる彼女の名前を僕はまだ知なかった。

「あっ、、ごめん。えっと」

戸惑いを隠せていない僕を見ると何故か気まずそうに「ごめん突然。ずっと寝てるからほっとけなくてさ」

彼女は自らを楓と名乗った。

「でもさー、ビックリしたよ!智宏くん1時間目からずっと寝てるんだもん!」

そんな言葉にふと正面の壁、少し見上げる程度の位置にある古臭いシンプルな時計を目を細めて見る。

短い針は「11」をさしていた。

「そんなに寝ちゃってたの!? 先生怒ってるかな」

彼女はなぜ笑っているのか、本来ならかなり笑えない状況のはずだが、と思ったのだがそんなことを当事者である僕が言うことはおかしいという賢明な判断で

我ながら適切な言葉と表情を選択できたと思った。

彼女のなんとも微妙な苦笑いを誘い、若干の沈黙が走った後、とりあえず僕は彼女についていき次の授業の教室へと向かった。



※これはいつ頃のハルだったろうか。曖昧な記憶を辿ることは僕にとってなんの意味もなさないということははじめから分かっていた。楓、工藤 楓。

肩にかかるかかからないかくらいの綺麗で透き通った黒い髪。かわいいというより美しいような整った顔。耳心地の良い優しい声。温かい気配。

ハルを思い出すたびに僕の脳裏を焼くような記憶。

まだ彼女を思い出せる僕は少しだけ安堵し、あの頃のようにそっと目を閉じた。



なぜ自分がこの場所に立っているのかまるで理解できなかった。周りを見渡すと全員の視線が自分に向けられていることがすぐに分かった。普段は見ることがまずないであろう教室の後ろの壁がなぜが少し遠く僕の視線の先にあるふと頭が真っ白なままふと横を見るとそこには確かに見知った顔がある。

「何でこっち見てんのよ〜、なんかないの?意気込み的なのは、、」

ますます理解が追いつかなくなった。彼女と反対に視線を向けるとそこには担任の微笑むようで応援するような視線が向けられていた。

後方かなり近い位置にあった黒板を一歩後ろに引いて広い目で見てみる。するとそこにはたくさんの

○○委員会 ○○実行委員 の白いチョークで書かれた文字が並んでいた。

そんな中で見慣れた、いや15年間身近にあり続けた僕の名前があった。15年間といってもうまれてからすぐに名前が頭に植えついているわけではないがそんなことは今は問題ではない。

環境委員会 早瀬智宏 工藤楓 定員2名

なぜ僕が環境委員会に入っているのかは大体わかっていた、分かっていたというより彼女にしてやられたという方が正しいだろうか。だがなぜ僕は教卓の前に立っているのだろう。僕がさっきまでいた世界は大きな桜の木の下あたたかな風が吹く公園といったところだろうか。そんな夢のようなあたかも夢であるかのような空間だったはずだ。深くは考えなかった、考えたらすぐに答えが出てしまうからだ。世の中すぐに答えを出さない方が良いこともある。これはあくまで持論だがこの世界の偉いと呼ばれている人間は大体答えをすぐに出さないものだ。だからこそ秩序を保ち続けている。

だが今したいのはそんな大きな世界環境の話ではないし、はたまた偉い人がその地位を守るための巧妙な手口の話なんかでもあるはずない。

僕が今話したいのはこんなに大きな世界の中のちっぽけな1つの学校、さらにその中でもちっぽけな1クラスの小さな、たった2人の環境委員会という組織の話だ。

こんなに長々と考えているが実際の時間はほんの数秒しか経っておらず横にはいまだに彼女の少し意地悪な笑顔が残っている。

だけど何でだろうその顔を見て僕は少しだけ安心していた。

僕は知っていたのかもしれない。

彼女と出逢うことも。

少しの間共に時間を歩むことも。

そんなことを思ってしまうほど今の状況と対照的な心模様だった。



※あの状況をどう乗り切ったのかは少し思い出せなそうだ。ただ、僕が何か言ったことは確かでその時見せた彼女笑顔はまだ鮮明に思い浮かぶ。

ああいう意気込み的なものというのは学級委員的な人がやるものではないのだろうかと今でも疑問に思う。

そんなことを今更考えたところで意味のないことなのは僕が1番知っていた。



そこからの数日はクラスの窓際後ろの席で寝てばかりの僕にとっては少し色がついたものになっていた。

まあ寝過ぎていたことが環境委員会、いわば学校の美化を目的とした委員会への参加を余儀なくされた原因になっていたのだけれど。

環境委員会といえば大抵の人が知っているであろう活動が安直で目立たず、別の意味で人気があってもおかしくないものだ。

僕のような学校を好まず友達と呼べる存在も少ないものにとっては「安パイ」と言えるだろう。

だが、僕の属してしまったものは訳が違った。

本来なら1週間に1度あるかないかの活動は気づけばほぼ毎日行われていた。

ほぼ毎日という曖昧な表現は彼女がしていると言っている不定期なバイトのせいである。

「今日はバイト行っちゃうけど明日は活動あるからね!」

いつも嬉しそうにそう言う彼女をもう4回は見ているだろう。

僕にとっては唯一のはねやすめになっている。なんてことは彼女にはもちろん秘密だ。

そもそも委員会というものは部活動のような頻度でやるものではなければ、たった2人でやるものでもない。ましてや話し合いをすると先生を言いくるめ、たくさんの部活動が取り合っている教室の1つを陣取るなんてもってのほかである。

つまり僕は少しばかり彼女に気に入られてしまったのだ。

では、そんなにほぼ毎日たった2人という人数で何をしているのか。僕たちは女同士で永遠と話しているわけでもなく男同士でわいわいとゲームをしているわけでもない。ましてや恋人同士で戯れあっているなんて考えることすら申し訳なくなってしまう。


そもそもこんな僕と、綺麗で人当たりが良い彼女がここまで関わっているということがおかしいと感じるべきだったのだ。



※もっと早く彼女と距離を取るべきだった。

そんなことをいくら考えても無駄なことである。

僕と彼女 いや、早瀬智宏と工藤楓 の関係ははじめから変えることなんてできない、決まっていた出逢いだったのだ。

これだからハルはきらいだ。

おそらくハルも僕がきらいだ

僕とハルは早瀬智宏と工藤楓だ。

切りたくても切れず、切っても繋がってしまうようにできている。ほんとうに理不尽である。

視界が少し赤い。立ちくらみがする。

これもハルのせいだろうか。

そんなことはない

これは全部僕のせいだ。







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