ファイル002 潜入! 詐欺グループ
白井真吾はヒーローである。
その名も、正義の実行者・サイコブラック!
「もしもし、オレ、オレ、オレだけど! そうそう、純也だよ!」
家具もろくに揃っていない、まるで入居前か退去直後のようなアパートの部屋で、白井は電話をかけていた。
「あ、あのさ……その……ごめんよじいちゃんッ! オレ、オレッ! 会社の同僚、妊娠させちゃったんだ!
ぅ、ぅん、相手、旦那さんいるやつで……」
正義のヒーロー・サイコブラックの正体たる白井青年は、滂沱の涙を惜しげもなく流してみっともなく顔を歪ませ、電話先の“祖父”に縋りつく。
同じ部屋にはあと三人、年代の近い男が同居しているが、その誰もがドン引きの表情で彼を見守っている。
「結婚してたなんて、知らなかったんだよォ! それにあのアバズレ、不妊って言ってたし……ぁぁ、オレ、オレ、騙されたんだよォ!
どうしようオレ、社会的に殺されちまうよォ!」
《馬鹿野郎ッ! そんな頭の悪い女に引っ掛かりやがって、このバカ孫が!》
おじいちゃんによるこの日一番の怒声は、白井の鼓膜を軽々つんざき、側で聞いていた仲間達の耳にすら届いた。
「そんな事言わないでよォ! まだ、チャンスはあるんだ! 示談で全部無かった事にしてくれるって! そう、養育費とかも取られないし、中絶するかはしらないけど、それもオレには関係なくしてくれるって!」
あまりに頭の悪い口上に、彼の周囲を取り囲む男達すらめまいを感じた。
「うん、うん、金額的には二百万ちょい越えるくらいだけど……うん、うん……えっマジ!? ほんとに、出してくれんの!?」
曇天から晴天へ。この二秒で起きた、白井の表情の変移は、そんな陳腐でスタンダードな語彙でしか表現できない。
「ありがとう、ありがとう、じいちゃんッ! そ、そうだよね、オレたち、家族だもんね!
クソビッチの腹ん中で勝手に発生したクソガキのために、オレたちの絆が、人生の栄光が揺らぐなんて、マジねぇよな!」
こうして、交渉成立。
白井の周囲にいる同じ部屋のムジナたちも、呆れ顔だ。
「うっそ、マジかよ」
「あんな大根芝居に引っ掛かるって、どんだけ耄碌してんだって、相手のジジイ」
白井はただ、このゴミ捨て場みたいな空間に似つかわしくない、無垢で、体温の無いスマイルを向けていた。
正義の実行者・サイコブラックこと白井は今、俗にいう“半グレ組織”と呼ばれるものに所属し、オレオレ詐欺の“かけ子”をしていた。
非合法ルートから手に入れた個人情報を使ってターゲットにコンタクトを取り、言葉巧みに金を引き出すのだ。
「うん、うん、ごめんよじいちゃん……オレ、あのクソ女が出してきた契約書ってやつ? それを見間違えてて……ゼロが一個多いんだよォ……だから、示談金が二千万円かかるって……。
でも、でも! オレが必死に土下座したらさぁ、四分の一の五百万にまけてくれるって言ってくれたんだ!」
《バカモン! お前と言う奴は本当に、簡単に騙されて! 最初に無理な金額を言ってから、本命の額を出してくるなんぞ、常套手段だろうが!》
「ひィ! ごめんよじいちゃん! そんなに怒らないでよォ」
さめざめと泣き崩れる。
もはや、感情移入が過ぎて脳が変色してしまってるのでは? 白井の姿を見た周囲の男達は、がらにも無く他人の健康を気遣った。
それほどの、剣幕だったのだ。
「ねえじいちゃーん……、……、……ぇ! 出してくれんの、五百万!? マジで!? ああああああ、大好きだよじいちゃーん!」
そこまで聞ければ話は早い。
某駅の西口で代理人が待っているから、その人にお金を渡してくれと言って、電話を切った。
カモがノコノコ西口にやってきたのを観察、警察を連れて来ていない事を確認したら、今度は簡単な手違いに見せかけて東口に呼び出すだけだ。
「もうなんか、白井すげーって言葉しかねぇわ」
リーダー格の、なにがしさんが賞賛をくれた。
「五百万、これで確約したわけ?」
「ああ、ばっちり!」
「マジなんなの、演技力クソなのにこの業績って。ウハウハすぎんだろ。コツ教えてほしいわー」
その言葉に、白井は困ったような笑顔を、表情筋に表して。
「そんな、コツとか無いよ。強いて言えば、相手を選ぶこと、じゃないかなぁ?」
何となくこの部屋に集った仲間達。
けれど、かすかに芽生え始めた絆にくすぐったさと言うか嬉しさのようなものを表現して、白井ははにかんだ。
……次瞬。
白井の携帯が、無粋に鳴った。
しぶしぶ、出る。
「はい、もしもし――」
《返してよ!》
老婆の、血を吐くような叫びが白井の耳を刺した。
もう、慣れっこだが。
《ねえ、何とか言ってぇ! お金、返してよ! あのお金がなかったら私――》
「おかけになった電話番号は、現在つかわれておりませーん。ぷちっ」
そう言って白井は、通話を切った。
そして、二度と耳障りなババアのヒステリーを聞かずに済むよう、通信拒否。
「ばーか。人生これすべて、自己責任だろっと」
そう吐き捨てる白井の声音に、感情の色は欠片も無かった。
だが、そうでも無ければこの稼業が成り立たないのも事実。
この数ヶ月、白井と同じ釜の飯を食った男達には、彼に対するリスペクトのようなものも生まれ始めていた。
白井は、サイコブラックは、今、義憤に打ち震えていた。
「許せない……断じてッ!」
その人生を日本国のために捧げ、働いてきた、尊敬すべき老人たち。
その、我が子や孫に対する想いにつけこみ、無慈悲にも財産をむしり取る半グレとやらども。
今回、サイコブラックが詐欺集団の一員として食い物にした被害者たちには、ある一定の共通点があった。
例えば、孫が不倫相手を妊娠させたことに狼狽していた“じいちゃん”。
この男の名は“今田正樹”と言う。
こいつは、いわゆる“屋根破壊”と呼ばれるリフォーム詐欺の業者で一財を築いていた。
何食わぬ顔で民家を訪れ、屋根裏部屋の調査と称して入り込み、ハンマーでぶち壊して不当な修理の仕事を持ちかける詐欺師だった。
何の落ち度も無い市民の憩いの場を踏みにじり、あまつさえ法外な金をだまし取る。唾棄すべき悪でしかない。
例えば、サイコブラックに“お金、返してよ!”と訴えた老婆。
こいつは、悪質な地下銀行の頭取を気取っていた。
この強欲ババアが汚い金を無かった事にしたことによって……また、その汚い金に対する受け皿が存在する事によって、――違法薬物売買、児童ポルノ流通、強盗に詐欺――どれだけの罪なき人々が傷付けられてきたか。
許せなかった。
少しでも、不当な金を被害者に返したかった。
白井は、その一心で、奴らから身ぐるみを剥いできたのだ。
けれど、この“かけ子”とやらも許せない。
いくら悪者だとは言え、子や孫に対する想いは本物じゃないか。
それを弄び、欺くなんて。
何て卑劣なんだろう。
報いが必要だ。
「変身ッ!」
サイコブラック、出動。
白井が帰ってきたか? と思えば、予想が外れ。代わりに入ってきたのは、真っ黒な特撮ヒーローで。
「な、ァ!?」
細かい事は割愛するが、詐欺グループのリーダー格は、殺風景な仮住まいから連れ出されて。
あれよあれよと、結構な豪邸に招待されて。
どういう訳か、住む部屋を一つ、提供された。
そこは、寝台が一つあるだけの、殺風景な部屋だった。
しかし、元々つめていたアパートの部屋とここと、何が違うのだろうか?
そう思うのは、白井真吾こと、サイコブラックのみだが。
「さて質問だ。君は、誰だ?」
「オレ、オレ、オレは……前田信也……」
リーダー格だった男が、脅されるままに本名を口にするが。
「違うね。君は何者でもないんだ。そんな名前、存在しない。はい、やり直し」
そして、前田信也と言う固有名詞を持っていたそれを放置して、サイコブラックは部屋を退出した。
出られないよう、きっちり施錠する。
どんどんどん、と必死なノックが聞こえるけれど。
彼はまだ、自分の事をわかっていないので、答える必要は無い。
君は信也などではない。
君は、信也ではない。
君は、
君は、
君は。
君は、このサイコブラックの施術を受けた、改造人間。
それを彼自身の口から聞けるようになるまで、サイコブラックは彼を解放しない。
いや。
彼が完璧な改造人間となった時、ソレを家から出す必要すらなくなるのだ。
元・前田信也は、その悪しき心はともかくとして、一つの詐欺グループを指揮し、警察から巧妙に逃れてきたやり手だ。どうやら、あの南郷組系の組織とも太いパイプを持つらしい。
その才能、これからは正義の為に振るってもらう。
サイコブラックが戦力として目を付けた人間は、彼の自宅に招かれて、しかるべき"人格改造"を受けて、忠実な僕と生まれ変わる。
そう。
正義のヒーローたるものが、どうしてこんなセコい半グレどもに加担していたのか。
欲しかったのだ。新たな改造人間が。
前に使っていたものが“壊れた”り、警察に“撤去された”りした関係で、道具が足りなくなっていたから。
本当に、困り果てていたのだ。
正義の活動を行うには、身代わりとなって破滅してくれる、彼らの存在が不可欠だから。
その過程で、よかれと思い、大物リフォーム詐欺師だの地下銀行頭取だのから金を奪い、しかるべきところに返却・還元した。
最終的に悪だけが駆逐され、善良な市民が救われた。
めでたし、めでたし。




