第95話、ご愁傷様です。姫様の心はとっくの昔にもってかれてました
ガイアット王国にて起きた『事件』。
異世界からの侵略者。
ユーライジアの世界で言う『厄呪』と呼ばれるものが、意思を……明確なる悪意をもって彼の地へとやってきたもの。
始まりのきっかけとして、この世界にて肉体を持ち合わせていなかったこともあり。
名も無き死者の残留思念にも近いソレは。
生と死が曖昧な地にて、生けるものでありながら一度死に触れたことのある気配のするひとりの少女に取り憑くことにした。
曲がりなりにも、刹那の間であっても、内へと入り込んだことで分かったこと。
少女の暮らす『ガイアット』なる地が、死者を弔い、死者の世界へとその御霊を送る業を負っていて。
ソレにとってみれば居心地よく生きやすい場所であったこと。
取り憑いたその少女が、生と死の世界の境界を超えて行き来する存在……ある意味でソレと同じ、死者でありながら生者の地にしがみつくもの。
言うなれば『生まれ変わり』であったということだろう。
イシュテイルという種に必ずあると言われる輝石。
それは、生まれ変わりしものの証。
ガイアットの『死神』なる存在が死者を死者の世界へ送ったとされる証。
『死神』が扱う死出の鎌による傷跡が塞がったものだとも言われていて。
肉体を持たないソレにとってみれば、そこへ留まることは容易く。
世界に慣れ、雌伏の時を待って徐々に力をつけて、少しずつ侵略の手を伸ばし同じような者たちをも掌握して。
いずれは、ガイアット王国をも支配し、世界への侵食の足がかりとする算段であったわけだが。
そんな目論見は。
ソレの名も世に出ることもなく。
遺した言葉もなく、壮大になるかもしれなかった物語が始まることもなくあっさりご破産となった。
異世界からの侵略者同士での情報共有などあるはずもなく、ソレは知らなかったのだ。
世界の滅亡に瀕するほどの危機が日常茶飯事であったユーライジアの世界は今は昔で。
そんな平穏なる世界には到底そぐわない、どう見ても合っていない『赤オニ』の存在があったことを。
ソレの運が悪かったのは、『赤オニ』がよりにもよって目をかけている少女の一人に取り憑いてしまったことだろう。
ソレ自体よく知らぬ世界であるからと。
当然呪いについても知らぬものばかりであろうとタカをくくっていたのが運の尽き。
当たり前のように返され引き剥がされ、元の世界へ還されそうになったところで這々の体で七色の時の狭間へ逃げ込んだまではよかったものの。
故郷においてもそうそう見かけ出逢うことなどなかったであろう化生に喰らわれて。
ソレは、あまりにもあっけなくこのユーライジアの永久に退場することとなる。
……そうであるのならば。
ガイアット王が秘密裏に連れ出した存在とはなんであったのか。
ソレをあっさり滅したギルルが、ガイアット国へと足を運んだ理由とは?
未遂とはいえ迫り来る危機に対処せんと、トリエが『結晶化』していた意味とは。
それらを期せずして語った形となったのは。
まるでひと仕事を終えて帰還したばかりのような、疲労感ありつつもどこか達成感をも持ち合わせた当のガイアット王であった。
「ふぅいーっと。……って、おわっ!? なんだなんだ、みんなどうした雁首揃えてっ。トリエさんや、同伴して帰ってきた時は『彼』以外ここには誰も来ないように見張っててねって言ってなかったかね?
ちょっと、我が愛しのイリィアちゃんまでいるじゃないの! はーずかしぃぃっ」
なんとはなしに外が騒がしいような気がするのは分かっていたが。
心身ともにへとへとであまり考えないままにエクゼリオ宮を出たら、その入口を囲むように皆に注目されているからたまらない。
慌てて取り繕って、誤魔化そうとするもどうにもおかしな感じになってしまって。
それでも王の言葉を待つかのように、色々ツッコミたがっていたマーズですら黙ってガイアット王に注視注目していたから。
ガイアット王は、やれやれ仕様もないな、とばかりに。
大きく息をつき視界にかかる赤色を拭って、覚束無い足取りを堪えてギルルの方へと歩み寄る。
「やぁ、いつもいつもすまないね。今日は『一人』だけなんだ。今回ばかりはうまくいくと思っていたんだけどねぇ。ままならないものだよ」
「ぎるるっ」
後半のぼやきはともかく。
極力感情のこもらないようにしている、ガイアット王と『クリッター』のやり取り。
それまでにはギルルの背からマニカとともに降りていたとはいえ近くにいたこともあって。
マーズは無造作に近づいて仕事上のハグをする形をとっていたガイアット王が、黒くくすんだ石のようなものをギルルに喰らわせたのが分かってしまって。
それに何かを言おうとしたマニカを制するようにして、先んじてマーズが声をかける。
「ナンパ師匠、ギルルとも知り合いだったんですね。っていうか、ギルルがここにくるのも分かってたみたいですけど」
「あぁ、元よりオレ様が呼んだわけだからな。ちょっと、お帰りの際の足をってな。……ってかその呼び名やめてくれないかね人たらし弟子よ。イリィアちゅわんのいる前でよ」
「いいや、この際だから言わせてもらいますよ。久しぶりに帰ってきたと思ったら俺にも黙って女の人連れ込んで。百歩譲って女の人を連れ帰ってくるのは目をつむることもないですが、まずはイリィアに元気の有り余っている姿を見せるのが筋ってものじゃないんですか?」
「……あぁ。確かにそりゃそうだ。相変わらずオニ真面目なことしか云わんなぁ」
実際のところは、明らかにそんなやりとりから浮かんでくる状況とはかけ離れているのだが。
それもオニ真面目なマーズの気遣いなのだろう。
ガイアット王は破顔しつつ髪をかきあげて。
満身創痍であることも気づかない体でお願いしますとばかりに、愛しの娘の前へといいわけをしにやってくる。
「すぐに顔を見せに行けなくてすまなかったイリィアよ。出張る前は調子が悪そうだったが弟子がうまくやったようだ。大丈夫か、何かすけ……無礼なことはされてないか? 魂を持っていかれてしまったりはしていないだろうね?」
「わわふっ、いえっ。わ、わたしは元気ですっ。よくわからないですけど、ととさまこそ大丈夫なのですか。その、あの大分お怪我をされているようですが」
両手でイリィアの頬を包み込むようにして、自身のことよりもとイリィアの心配を始めるガイアット王。
ぎりぎり人聞きの悪そうなことを、とか。
残念、お嬢さんの心はすでに盗まれています、などといった棚に上げた発言とか。
私よりもご自身のお身体を憂いてくださいと、トリエからリアータを介して治療の準備が始まったりと。
みんながガイアット王に注目しているうちに、もふもふしてあわよくば従属魔精霊の契約を交わしたいと近づいたハナを、ギルルは私とモフモフ永住権契約済なのでダメですと通せんぼするマニカがいる中で。
改めてガイアット王は言い訳を続ける。
「あぁ、大丈夫。見た目だけさ。実はな、こうして家を開けることも多いし、イリィアちゃんのそばにいてくれるお母さんを探していてね。今回連れてきたひとはきっといいお母さんになってもらえると思ったんだがなぁ、こんなオレ様だから、振られちゃってねぇ」
「そう、だったのですね。それは残念ですが……わたしこそ大丈夫です。トリエねねさまを始めとする姉さま方や、ほら、こうしてたくさんのお友達もできました。それに……本当にたいへんな時にはいつだって駆けつけてくれる、騎士さまがいますから」
だから、ととさまはご自分のあるがままに、お好きなようになさってください。
そんな風にはにかみながら言われたら、可愛い娘の成長と気遣いに涙ちょちょ切れそうですよと。
やっぱり寂しいから、しばらくは何事をも置いて、あるがままに娘のそばにいようと決意して。
「それにしても騎士か。そんなかっこいいものでもないし、今までのようにととさまと呼んでくれれば良いのだよ?」
「え? ……あっ、はい! ととさまはととさまです! これからもそう呼ばせてもらいますからっ」
「あぁ、イリィアが変わらずにいてくれて嬉しい……よ?」
こうして。
いつものように壮大で緊迫とした物語は始まっていくこともなく。
新たに、引き続けて仲良し親子の愛、その結束が高まるに留まるのであった……。
(……ん、騎士?)
ぼそっと、ブーメランなツッコミをしてリアータに口を塞がれていたミィカのセリフに対して。
ガイアット王がもっとよくよく精査して考えて聞き出し問い詰めなければならなかったのだと気づかされるのは、しばらく後のお話。
(第96話につづく)
次回は、5月21日更新予定です。