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第93話、中の人はきっと、賢者の片眼鏡が似合ういぶし銀




SIDE:マーズ



マニカだけでなく。

マーズでさえも改めてこうして『クリッター』と対面し触れ合うのは初めてのことであった。


寝物語として、遥か昔小さき頃(言うほど昔でもないが)に聞かされていたものや。

過去の実体験として相対し、あるいは戦ったことなどを父……師匠たちに聞かされていたこともあり、触れてはいけない、遭ったら最後な怪物のごときイメージが捨てきれず。


こんな、もふもふの柔らかに過ぎる毛並みではなく、全身が剣山でできているかのような。

合成魔獣キメラなどに連想される、ある意味生き物としての強さの極地として憧れないでもない存在なのかと思いきや、これでは体の大きい狼……いや、どう見繕っても犬のようである。




「ぎるるる……」


特製のマジックアイテム、『ウルガヴの涙』。

そのオレンジ味でベトベトになることもなく。

覿面に効いたらしくすっかりかすり傷も返り血もどこかへいってしまって。

心なしかつやつやすら取り戻した『クリッター』は、両手前足を揃えておすわり状態。

のどを鳴らす勢いで。

撫でりにもふりまくるマニカのされるがままになっていた。


 



魔力を過剰に携えて生まれることの多いカムラルの一族の少女たちは。

動物、獣型の魔精霊や魔物に触れ近づかんとする前に逃げられてしまうことが多くて。

夜はいっそう警戒されるし、こうして思う存分もふもふできる対象が現れることをマニカは心待ちにしていたに違いない。


その気持ちはよく分かるし、マーズとしても混ざりたい気持ちがないと言えば嘘になるわけだが。

守る対象であり、ご主人様でもあるマニカと違って、まずもってそんなタマじゃないのはもちろん、下手に刺激してマニカがくっついている状態で暴れるようなことがあっても大変なので。

マーズは少しだけ近づいて、彼がわざわざここまで出張ってきたその理由を確認することにした。





「あー、ええと。いや、しかし。なんて呼べばいいんだ? 『クリッター』ってのは種族名だよな。昔からずっと同じ個体が守ってるってわけじゃないだろうし」

「ぎるる」


揉み手どころか警戒を怠ることなく構えつつ近づいても、『クリッター』は一声鳴いて相変わらずもふられていても泰然自若としている。

それどころか、マーズをはっきり認識し受け入れるかのように僅かに顔を上げることで見えた、その黒真珠の瞳はまたもやイメージと違ってどこまでも澄んでいて。


確たる自我、意志がある以上に。

あ、これオレが触れても大丈夫な感じ? などと巌が服着て歩いているような見た目のくせに妹に負けずに可愛いものはもちろん、もふもふが大好きなマーズがぐらりと吸い込まれるようにマニカごと抱きしめようとして。



「ギルルさんと言うそうですよ。お兄様。見た目と相まってとってもかっこいいいい名前ですね」

「ぎるぅっ?」


もしや『クリッター』さんの言葉が分かるのか、なんて思ったのも一瞬。

えっ? などと驚き戸惑っている様子がマーズから見てもよく分かってしまって。


「はい。私は……今はお母様のお身体をお借りしておりますが、いずれはこうしてギルルさんの前に立ちたいと思います」

「ぎるっ、ぎるうぅ」


恐らく中の人……今代の守り神としての名前があったのだろうが。

ギルルさんがいてくれるのならばと。

前に進む、使命を負う決心をしてしまったマニカを見て違うとは言えなくなったらしい。


ギルルでいいですよ、なんて頷きとともに。

そろそろ離れて欲しいんですけれどと、そのつぶらな瞳でマーズに訴えてくるのだからたまらない。



「マニカ、自分で言うように今のそれは母さんのだから。自分自身でもふもふ体験したいだろ?」

「わわっ、はい。そうですねっ」


思わず猫持ちポイントならぬ、両脇抱えてギルルから離す。

素直に従って、たたっと降り立ったマニカは。

そう言えばガイアット国には輝石の謎を、新たな自身の身体を求めてやってきたことを思い出し、改めてギルルに声をかけた。



「ギルルさんは今回どうしてこちらへ?」

「ぎる、ぎるるっ」

「えっ? 私に会いに来てくれたんですかっ?」

「ぎっ、ぎるっ!」

「あぁ、正確にはお母様にですか。ですがこの『おぷしょん』の身体は結構自由なようですし、それだけではないのでしょう?」

「ぎぎる、ぎるるぅぅ……ぎーぎるっ!」

「えぇ、ええ。……あぁ、やはりそうでしたか。いつものお兄様の虫の知らせは正しかったみたいですよ。どうやら異世界からの『呪い』が、はっきりとした意志と身体をもってこの世界にやってこようとしたとのことで、喰らい帰しておいた、とのことです」

「え? ほんとに言葉理解できてるのか。そんな短い鳴き声で。……いや、確かにまぁそんなことかなぁとは思っていたけど。手間が省けていいや」



呪い、呪術的な力を駆使し、あるいは呪いそのものがヒトの型をとっていただろう今回のお邪魔虫。

相対し一戦交えて見たかったところもなくはなかったが、ギルルを間近で見ることもできたし、たまにはこんな回があってもいいだろう。



「ふぅむ、でもしかしギルルさんがここへ来た理由はそれじゃないだろ? ガイアット国へやってくるついでに食い散らかしただけでさ」


マーズはそんなことを思いつつも。

マニカに会いに来たこと以外に理由があるだろうと断じると。


「ぎるるぅ……」


ギルルはそれに、確かにそれだけではないと頷いてみせて……。




     (第94話につづく)








次回は、5月11日更新予定です。

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