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第92話、運命の相手か、生涯の相棒か、はたまた忠実なる騎士なのか



 SIDE:マーズ

  


 

世界の中枢、生と死の狭間であるその入口の楔となる命を負っていた。

『お役目』なる選ばれし彼女たちそのものを人知れず守護してきたと言う『クリッター』なる一匹の獣。



思えばマーズはその存在をよくよく知ってはいても、当然ように今の今まで出会ったことはなかった。

マーズとしては、時の狭間に迷い込んだ存在を食い散らかす怪物のイメージがあった。

斯く言うマーズの父も、幼き頃(そんなものが存在していたかどうかも怪しいところだが)にて、ふらりと時の狭間へと足を踏み入れて。

成す術もないふりをしてあっさりと喰らわれ、異世界への旅の足がかりにしたとともに。

今現在マーズとマニカの間にも問題となっている、同じ身体に複数の魂を持つことを解消するための、分離……あるいは『剥離』の呼び水として利用したと聞かされていて。



それすなわち、命の危機に瀕するような状況に追い込むこと。

故に軽い気持ちでミィカの取って置き攻撃魔法を受けたり、何か大変なことが起こりそうな場所に女の子がいたのならほぼほぼ間違いなく顔を突っ込んでかき回してきたわけで。


音に聞く最凶の魔物とも魔精霊ともつかない、怪物としか言いようのない狭間の守り神こと『クリッター』との対面は。

わくてかしているマニカにも負けないくらいに、マーズ自身も期待していたのは確かで。


 


だんだん、だんだんと近づいて来る登場曲。

実に大仰で派手に過ぎるそれは、ヴァーレストのものが得意としている、【ヴァーレスト】属性の派生である音系サウンド魔法の一種だと睨んでいる。

恐らくは、その存在を誇示し知らしめ、噂とは違い、その存在に耐えられぬものがその場から離れられるように促し猶予を与えているのだろうと察せて。

 


 

「……来ますっ」

「いよいよか」


マニカもマーズも、その存在に耐えうるか以前に、当然その場から離れるつもりなどまったくもってなかったから。

やはり初めのわくてか状態は変わらず、久しぶりに再会する友人でも待ちわびているかのごとき雰囲気で。




「……ルルルルルゥ!」


登場曲とは相反する、小鳥のような鳴き声。

近づいて来る音から、『虹泉トラベル・ゲート』の七色の水面の向こうからやってくるだろうことは分かっていたが。


その水が溢れ弾けとんだかのように盛り上がったかと思うと。

その声にまるで似つかな……くもない柔らかさを持ち合わせていそうな全身黒色毛玉が急に飛び出して来て圧倒されかけたが。




「……た、大変っ」

「ちょ、マニカっ!?」


その、『虹泉トラベル・ゲート』を完全に覆い隠し塞ぐほどの黒。

思ったより毛並みが良いせいなのか、イメージほどの凶悪さは感じられない……大きに過ぎる犬種のように思えたのは一瞬。

 

水面を突き破って、まずマーズたちに届いたのは、まとわりつくほどに重さを感じる血の臭いであった。

はっとなり、改めてよくよく『クリッター』を見据えれば、対面に位置にぞろりと生え揃う業物の刀剣のごとき歯に滴り落ちる赤黒くに過ぎる血。

あまりにも黒くて汚れていて、おおよそ人のものには見えなかったが、それが口元だけでなくその黒き体躯のところどころに広がっているとなれば話は変わってくる。

『クリッター』から流れ出たものばかりだとは限らないと言うか、そのほとんどは返り血であると察せたが。

期待していた部分がマーズと違っていたマニカにしてみれば、夢で会うほどに焦がれていた大型犬が、大怪我をして帰ってきたかのように見えたらしい。


はっと声を上げ、正面衝突する勢いで駆け寄っていったかと思うと。

その血で汚れるのも構わず(実際はマニカに触れる前に装備してもらっていたバッグやマントなどの効果で弾き蒸発し消えていっているから問題なし)。

マニカは『クリッター』を撫で回し、怪我の様子を確認しつつ覗き込みながらマーズの方を振り返る。



 

「お兄さまっ、やはり怪我をしていますっ。回復魔法を!」

「いや、オレらの魔法使うくらいならマジックアイテムに頼ろう。こんな事もあろうかとバッグに忍ばせてある」

「分かりました、バッグ……あ、これですねっ? 『ウルガヴの涙』オレンジ味っ」

「ぎるるる……」

 


そんな風に不躾に無用心に近づいたのならば。

ここに来るまでに喰らってきたのだろう、此度の悪い虫、異世界からの侵入者の二の舞になりかねないと一瞬焦ったが全くもってそんなことはなく。

マニカの健気さと可愛さにやられたのか(この時点で同じ穴の狢……『クリッター』はオスだと確信したマーズである)ごろごろ低周波を発する勢いで大人しいもので。


 


「ちょっとごめんね、オレンジ味だから美味しいよ」

「るるぅ……」



密かに旅商人を夢見ていた母の面目躍如ではないが。

魔法以上にマジックアイテムの作成に力を入れ、意外と結構才能があったことで作り置きしておいた上級回復薬の一種、『ウルガヴの涙』。

オレンジジュース味にするとはやるね、商売と言うものをわかってるねと母に褒められ恥ずかしながら有頂天になっていた虎の子の一品である。

 

上級のものであるからして、コルクを開けてそのままふりかけても十分効果はあるのだが。

ぬらりてらりと光る歯をぬって、その最中に潜り込む勢いで口に流し込むマニカの大胆さに。



『クリッター』はさしたる抵抗もなく。

むしろ『今回のごしゅじんさまはしょうがないなぁ』とばかりに達観した顔を見せるのが、何とも印象的で……。



   (第93話につづく)








次回は、5月6日更新予定です。


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