第90話、赤オニはそう見えて、気を遣って居ぬ間にどころか密かに席を外す
「……ぷっはぁ! 初めて使ったけどきっつ! これきっつ!」
イリィアの言っていた通り、結晶化は大分それを行ったものに負担を強いるらしい。
海深くに潜り込んで、ようやっと海面に復帰したかのように、大きく息をついているトリエは。
どうやら状態異常回復の魔法により強制的に呼び戻されたことにも、一応念のため結晶化してまで居残っていたトリエの気持ち知らず。
お友達と最近気になっている騎士さまを引き連れて戻ってきてしまったイリィアたちに囲まれていることにも気づいていないらしい。
普段の、年上のお姉さんぶった雰囲気は微塵もなく、恐らく素らしき表情を見せつつ大きく息をついている。
「うん。うまくいったわね。やっぱり自らで自らに石化をかけるようなものなのかしら」
「……って、リオ姉さん! ……じゃない? え、ええっ? 姫様もっ? どうして帰ってきちゃったんですかぁっ、ってなんかいっぱいいるぅ!」
うむ、何だかミィカとおんなじ匂いを感じるな。
嘘でしょう、冗談は顔だけにしてください姫さまっ、なんてやりとりを元祖面白主従がしている中。
さすがに魔法を行使するのに触れていなければならないこともあって、痺れが抜けるように感覚の戻ってきたトリエはリアータが触れていることに気づいたらしい。
ついでに、イリィアと違って人違い勘違いしかけたのもすぐさま修正し、周りの状況に気づいて。
すましたいつもの余裕ぶりなどどこへやら。
口にはしないけれど確かにそうして結局姫様に振り回されて慌てているところはミィカと似た者同士と言えなくもないなぁと思いつつ。
現し世、表に出てこられたことへの、興奮がようやく収まったマニカとともに。
マーズは一歩下がって様子を見守る振りをして。
そもそもがどうしてトリエが従業員……城のものを帰して姫様を避難させて、尚且つ転ばぬ先の杖とはいえ自身を結晶化させていたことにも気づいてしまったから。
さりげなくこっそり顔を見合わせ、そのままその場をリアータに任せてその場を離れることにして。
「……まったく、相変わらずなんだから。ええと、トリエさんでしたっけ。お身体の方は大丈夫ですか? 何だかだいぶその、溢れちゃってますけど」
「これはルビーなのか? すっごくたくさんだな。透き通ってきれいだなぁ」
「うにゃ、さすがにほんものじゃ……ってか、輝石ってだいじにゃなものだってきいたけどなんだかにゃ」
「もしやイシュテイルの方々は結晶化することでお金を稼ぐ永久機関に? ……はっ。先輩に不躾なことを。失礼しました」
またいつもの知らせを受けて何かが始まる前に駆け出していってしまったマーズ(とマニカ)に内心で呆れつつも。
『結晶化』なる状態異常……かどうかは分からないが、それに対して魔法を行使したことにより結晶化は解かれたものの、ちょっと心配になるくらいにはトリエを覆っていた、あるいは構成していた赤く澄んだイシュテイルが身に持つ輝石によく似たものが剥がれこぼれ落ちているのを目の当たりにして。
場をつなぐ意味での話題をなんて思っていた事すら忘れてリアータがそう問いかけると。
そこに期せずしてハナもウィーカもミィカも、二人がいなくなったことに気づいているのかいないのかそんな風に言葉を繋いでくれて。
「……あっ、あぁ。これ? ほんとだね。ごっそり身体が削れちゃってるみたいに見えるよね。でも大丈夫。ほら、輝石はご覧の通り傷一つついてないよ。むしろ艶が増したくらい。あとごめんね。確かにそれ綺麗ではあるけど、価値があるわけじゃないのよ。ええと、その。なんて言いますか。毒抜きって言うか。あぁ、もうこの際ぶっちゃけるわ。私たちにとってみれば、汗とかと同じようなものだから、それ」
「うん。そうだなー、ウィーカちゃんには額あたりが似合いそうだな」
「うにゃっ!? そんにゃこといわれてくっつけるのやめるにゃぁ!?」
心なしか体積が減ってスリムになって見えなくもないトリエは女の子ばかりしかいないことに気づいて、苦笑しつつもそうぶっちゃける。
それに乗じてハナとウィーカが戯れあっているのを見るに、マーズが席を外したのは気を遣ったところもあったのかなとリアータが思っていると。
「そうですかね。人によっては逆にそれなりの価値を見出してくれそうですが」
例えば女の子大好きなマーズとか。
なんてことまでは当然ミィカも、満更でもなさそうな反応をされてしまったら困るので口にはしなかったが。
リアータとしても、マーズに限らず見た目は綺麗なのは確かなのだし、真実を知っても知らなくても需要はありそうよね、なんて事は口にはせず。
「トリエっ、平気か? 大丈夫なのだな?」
「えぇ、ご覧の通りですよ。まったく、せっかく避難してもらったのにすぐ帰ってきちゃうんですから」
「そりゃぁ、あれよ。あんな別れ方されたら誰だって心配になるだろう?」
「心配してくれてたんですか?」
「と、当然だろう? トリエはわれの一番の、一番近しいねねさまなのだから」
「ふふ。それを知れただけでもよかったです」
ある意味で怒涛な展開に置いてかれ気味で中々ついてこられていなかった(たぶんマーズたちが席を外したのも気づいている)イリィアが。
はっとなって抱きつく勢いでトリエに近づき、恥ずかしさもあってか思いとどまりつつも素直にそんな微笑ましいやりとりをしていて。
そんな微笑ましい二つの光景にミィカもリアータもほっこりしつつ。
今のうちにトリエが結晶化せねばならぬほどの心配事も、赤オニが居ぬ間にならぬ物語を破壊しに向かっているのにも気づかずにいればいい、なんて思っていたからなのか。
「……あ、そうだった! しゃちょ、父様のいつもの悪い癖で怖いものがやってくるかもしれないの! みんな、早く逃げないと!」
やはりいつもの虫の知らせなのか。
このガイアット国に、何か厄介なものがやってくるのだと。
トリエも、気づいていたようで……。
(第91話につづく)
次回は、4月24日更新予定です。