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第85話、好奇心に猫といっしょにもっていかれるうちに、呼ばれて吸い込まれて



Girls Side



「ふーむ。これはこれは。やはり何かが起こっている予感っ」



イリィア自身、普段ならばとっくの間に眠りに就いていているであろう時間帯。

だが、ガイアット十二宮で暮らす他のきょうだいや母様たち、各々の宮にて仕え支える者達はその限りではないのだろう。


ガイアット王が、新たな輝石を継ぐかもしれない乙女を連れてきた際には。

ガイアット十二宮の中心でもある、【ガイアット】宮には、それこそイシュテイル……家族であってもガイアット王の許可がない限り入ってはいけないと言われていた。


奇跡を受け入れし新たなる乙女を連れての帰還については、イリィアとしては輝石を持つものとして感覚的に確信を抱いていたが。

イリィアがこうしてガイアット宮にやってきているというのに、父どころかそんなイタズラを止める者すらやってこないということは……。

  

やはり今、ガイアットの地に何かしら『事件』が起きているのだろう。

そしてそれは、イリィアの見立てでは十中八九【エクゼリオ】宮に行けば何か掴めるはずで。





「……とはいえ、好奇心でわがらいばるを失うわけにもいかぬな」


好奇心は猫をも殺すだなんて縁起でもなさすぎると。

冒険めいた迫り来る謎に、ワクワクの好奇心が上回っていたのは最初だけで。

まるで……世界にたった一人自分だけしかいないような感覚に陥りそうになるのを。

拡大鏡と魔力充電チャージ済みの猫目石な輝石に触れて、何とか堪えつつも一旦仕切り直しの冷静になって、まずは様子見だとばかりに。

他のきょうだいや母様がいるであろう別の宮へと向かおうとして。





「イリィア姫さまーっ!!」

「おぉっ、来たかトリエっ。何ともたのも……んん? なんだその趣味のよい全身緑色のローブは?

いつもならばこれみよがしに輝石を晒してわが騎士マーズの視線を釘付けにしておるというに」



本人にはけっして言うことはないだろうが。

イリィアにとってトリエが身の回りのお世話してくれる戦うメイドさんであるのならば。

マーズは輝石の魔力切れに始まって、ピンチの時に駆けつけてくれる騎士と言ってもよかった。

馬はしかしマーズのもとにはおらず、最近騎乗しがいのある馬がサントスールの姫君ハナのもとにくだったのは有名な話だが。

父にはマーズこそがわれのウマであると伝えてあるから(エクゼリオの姫ミィカのしもべ扱いに感化されている部分は確かにあった)問題はない……

なんて思考がそれかけたところで、寂しいひとりの時分からの救援にほっとするとともに、メイドにして門番すらこなすトリエの様子がいつもと違うことに気づかされる。


どうして顔の下方以外ほとんど隠れてしまいそうな外行きの厚手のセンスあるローブを着ているのか。

と言うか、そんな父を想起させるかっこいい装備がまだ他にあったとは盲点であったと。  

疑問を呈したのちじぃっと観察していると、トリエは何だか慌てた様子で僅かばかり顔を上げて。



「あ、ええと。これはですね、イリィア姫さまがいらっしゃらないことに気づきまして、慌てて出てきたものでして。下はパジャマなんですよー」

「……ふむ」


それは、少しばかりおかしくないかねトリエくん、とばかりにじぃと彼女を観察するのを止めないイリィア。

自分で言うのも何だけど、夜に生きた母の血を色濃く継いでいるイリィアは、たまに眠れなくなって夜の散歩に出たくなる時があった。


イリィアの周りにいる者は、みんなそのことを分かっているから交代交代でこっそり後をついてくるのが常であったのに。

このタイミングで他のものでなく休憩中であるらしいトリエしか手が空いていないと言うのも不可解ではあって。

その答えを得るためにと、拡大鏡を手に問答無用でトリエに近づこうとして。



ぴしりと。

集中していなければ聞こえない程度の大きさの、イリィアたち輝石持ちしイシュテイルと呼ばれる種にとってみればあまりよろしくない、不吉で不穏な音を感じ取る。



「トリエ? 何だ今のは、まさかっ」

「あ、ちょっとイリィア姫さまっ、スキンシップが過ぎますって!」


元々ぐいと迫って顔を覗き込む予定だったからなのか、実は逃げて動くことすらままならなかったのか。

声を上げつつも、トリエはさほど抵抗することもなく間近に迫ってフードを取るイリィアのされるがままになっていて。




「……っ、やはりか。結晶化が始まっておるではないか」

「たはは。バレちゃいましたかぁ。いやその、なんて言いますかここ最近妙にだるくて調子が悪い感じでしてね。たぶん、それから逃れるために固まりだしているのだと思いますけど、イリィア姫さまはまったくもって元気いっぱいな様子で安心しましたよぅ」

「われの心配よりまず自分だろうに。見た限りだいぶ深いところまで結晶化しているようではないか。一体何が原因でこんな……」



『死神』と呼ばれることもあるガイアットの一族に生まれた時から付き従いし存在、イシュテイル。

死を管轄する役割を持つ彼女らは、輝石の影響もあってある意味脆い一面も持っていて。

そんな自身の身を守るためにと自らの身体を結晶で覆うことができるわけだが。


上手く動けぬほどに身体の芯から結晶化しだしているということは、身体の奥底にまで影響の出る何かにトリエは晒されている、ということなのだろう。

そこまで考えて思い出すのは、ちょくちょく充電してもらっていたのに急に魔力を失ったかのような不調に陥った先日のイリィア自身のことであった。



(あの時は、マーズがいてくれたから何事もなく始まらずであったが……)


その不調が、イリィアだけに留まらず。

ガイアット王国全体に広がっているのだとしたら。


「【獣型】よりも小さい、世界に溶けし魔精霊の影響か? あるいは……」


主に【エクゼリオ】の魔物魔精霊が扱う、『呪い』などと呼ばれるもの。

であるのならば早急に、【解呪】の魔法に長けし【セザール】の一族に、今現在かのものが棲まう地、『ラルシータ』に身を寄せている姉に話を通すべきで。



「そうですね、今まで見聞きしたこともないもののようですけど、『呪い』の一種だと思います。

イリィアさまはかかっていないようですけれど、このままここにいればまたいつぶり返すかもわかりませんから、姫さまはここから逃げてください。……いえ、助けを呼んできてもらいましょうか」

「【ヴァーレスト】の魔力? トリエよもしかしなくても風魔法が使えて……って何をっ」

「こんなこともあろうかと、緊急避難、脱出の魔法を組み込んでもらってたんですよね」

「なにっ? いつの間にそんなことっ!」


なけなし、ともとれるトリエの【ヴァーレスト】の魔力は、間髪を置かずイリィアの持つ拡大鏡……『フォーチュンリーブの瞳』に注がれてゆく。

ただの拡大鏡の割には、何だかご大層な名前がついているなと思ったらこれである。

一体いつの間にそんなやりとりをするくらいにはマーズと仲良くなっていたのか。



「うわわっ、尋常ないくらい光り出してっ!? な、なんだぁっ、すいこまれっ……!」


戻ったらそこのところ、根掘り葉掘り聞き出してやるからなぁと。

イリィアはそう誓いつつ。


何だかどこかで見たことがあるような、天丼っぽいエフェクトに成す術なく。

いつの間にやら虹色が渦巻く拡大鏡へと吸い込まれていって……。



   (第86話につづく)









次回は、3月29日更新予定です。

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