第83話、可愛いと言われて忌避感のない実は稀有な存在
SIDE:マーズ
【火】に愛されし、その血を引くと言われる一族は。
別に濡れもしないし息ができないわけでもないのに、【虹泉】に浸かり移動することが苦手だったなぁ、なんて思っているうちに。
マーズとマニカは……あるいは『異世』などと呼ばれる一個人によって創り出された世界……領域に足を踏み入れていた。
自身で【虹泉】の源流とも言える魔法を発動させておいて、未だ慣れないのか酔いが回ってしまって。
母娘そろってとても人様には見せられない……苦しんでいる二人に対し。
こっそりさりげなく【ウルガ・ディクアリィ】と呼ばれる、傷やダメージ以外の軽めではあるが状態異常を回復させる魔法をかけつつも。
マーズは視線を外しているついでに、辺りを見回してみる。
マニカが普段過ごしている、マーズの内なる世界も同じ類のものと言えるだろうが。
あの世界は、カムラルのお屋敷を中心に創られていたが、よくよく見るとここは今も実際のカムラルのお屋敷に残されている母の自室らしい。
ただ、奥まったところにある天蓋付きのベッドと、お茶道具一式が用意されているテーブル周りをのぞくと、随分と物でごった返していた。
汚れているとまではいかないが、ユーライジアの至宝……世界一の美姫と謳われる人物の私室だと言われたのなら誰もが驚くことだろう。
何せ叶うのならば旅する商人をやってみたかったが口癖な母であったから。
一言で言えば大昔から経営している魔法道具店、雑貨屋などの倉庫のごとき様相で。
「って、実際母さんの部屋って言うよりも、理想をこれでもかって詰め込んだ感じなんだな」
「ふふ。……ふう。実に良いだろう? 見ているだけで色々揃えた後冒険したくなること請け合いなはずだ」
「あぁ、まぁ言いたい事は分かるけれども。ってかここにオヤジは?」
「ははは。まさか。こうして招き入れたのは二人が初めてだよ」
「……ふーっ。わぁ、すごいですね。カムラルの杖の最高級品まで置いてあるじゃないですか。あ、こっちのポーションも良いものですね」
ようやっと酔いから復活した母娘二人。
と言うかマニカは、いつの間にか夢の世界でもないのにマーズと分たれていることに気づいているのかいないのか。
先端にキラキラのハートが付いている杖を手に取って。
瞳を、そのキラキラに負けないくらいに輝かせていて。
「……うん。マニカが良いのなら持っていっても構わないよ」
だなんて母はのたまっていたが。
若干引きっつているのを見るに、『男だ』と思っていたかった若気の至りな彼女自身には最も似合わないから。
あげられるのならあげてしまいたいなんて思惑がだだ漏れで。
それより何より、この場所にオヤジすら入ったことがないと言うのを聞くに。
やはりここは、実際の彼女の私室ともやはり違うのだろう。
―――研がない強がり、嘘で塗り固めた部屋。それはきっと柔らかい柵。
などとオヤジが称して歌って物語が始まりそうな雰囲気を醸し出していたように。
勿論見たことのない現実の私室は、籠の鳥であった彼女にとってあまりいい思い出はないのかもしれない。
ちょっとやりすぎな気がしなくもないこの場所は、そんな柵の反動とも言えて。
「えぇっ!? い、いいんですか? だってこれお母様の一番の、メインとなる得物なのでは?」
「あー、うん。魔力の消費も一番抑えられるし、威力も高くなるのがこのハート型なのだけれど。魔力は元々人より多いし、あまり攻撃力が高くなりすぎても制御ができないとい言うかね? 私には少しばかり身に余ると言うか……普段はその、もう少し威力を抑えたものを使っているんだ。この星型のものとかね」
いいわけめいた母のセリフの裏を読むのならば。
高性能な杖に限って、自身には似合わない(と思い込んでいる)可愛い飾りがついていて。
星型のものならばまぁ可愛いさもそこまでじゃないかと妥協して仕方なく使っているとなってしまうが。
「だから今はここの肥やしと化してしまっていてね。それももったいない話だし、マニカさえよければ使ってくれるとありがたいかな」
「ほんとですかっ!? そう言う事なら使わせてもらいます。ありがとうございますお母様っ、とっても可愛いですっ」
「そんなに喜んでもらえるとは。この子も浮かばれるよ。実はこれ、祖父が手づから創ってくれたものなんだ。……でもまぁ、可愛いの受け入れてくれるんだね。私とは違う……うん、それもこれもお兄ちゃんがずっと守ってくれたからなのかな」
一族が背負う呪いめいた宿命から少しでも逃れるために。
歴代の彼女たちは、自身の心を守るためにと強がり偽ってきた。
だけどマニカはそうじゃない。
一番近いところに、マーズがいる。
今はまだ、その背中に隠れているような状況だけれど。
いつかはその事に気がついて、恵まれているありがたみを噛み締めて。
独り立ちするその時その瞬間を待っているのだろう。
ちょうど、今まさにそんなマーズとマニカ自身が夢でもないのに対面できていることに気づけたように。
「あっ、あれ? あまりに自然だったからすぐには気づけなかったですけど。兄さまと私、分かれてますね。私の……今のこの身体は?」
「あぁ、それこそが私たちに示されし救済措置、『おぷしょん』さ。杖についで、私が今使っているものを貸してあげよう。少しばかり小さいかもしれないが、このままお兄ちゃんとともに次なる目的の地、ガイアットへ向かうといい」
『おぷしょん』であるからして、本体より小さいのは仕様ではあるのだが。
その本体が娘より母の方が小さい場合はどうなるんでしょうかねとは。
空気の読めるオニイチャンは、当然のように口に出すことはないのであった……。
SIDEOUT
(第84話につづく)
次回は、3月19日更新予定です。