第80話、緑と大地担当の英雄は、人たらしダンディのお師匠さま
SIDE:マーズ
そんなこんなで、今日もどことも知れぬ馬の骨を排除……異世界からの侵入者には丁重にお帰りいただいて。
思えば、まだ一口もいただいていなかったガイゼル家のお茶菓子をいただく予定であったマーズであったが。
ガイゼル親子が水入らず、にゃんこつきで揃うのは久しぶりとのことで。
家族の団欒は大事だよなと思い至り、マーズは元に戻って……今日の使い魔の仕事は終了いたしましたとばかりにかぁかぁ空を舞っていくクロを見送りつつ。
ハナ&ミィカのちびっ子主従コンビを連れて、正しくも内なる世界、ふところへかえってきていたマニカとともに、スクールの寮までハナとミィカを送るつもりでいたわけだが。
「ほほー。それじゃあ、みどりのおじちゃんはイリィアさんのパパなのか」
「もしかしなくても最強世代、『英雄』のひとりでいらっしゃいますよね。このような派手に面白……目立つお方だとは存じませんでしたが」
「あぁ。これは元々戦闘装束だったのだよ。スイッチを入れるにはこれくらいのインパクトは欲しいからとは思っていたのだが。娘が真似したがってねぇ。これがまた可愛いから、結局普段から着ることになってしまったのさ」
お邪魔虫の全身緑色な不審者……ではなく、やはりマーズの師匠のひとりである彼は。
先にも述べた通り、ユーライジアから海を挟んで世界一の霊峰を有するユーミール大陸に座する大国の一つ、【地】王国の盟主でもある。
ぶっちゃけるのならば、今代の唯一無二の王そのもので。
いくら立場的にはガイゼル当主と同格とはいえ、友達との付き合いのごとき気楽さで異世界への冒険(一応『ステューデンツ』としての任ではあるわけだが)に共も付けずに国を離れてふらふらと危険にどっぷり浸かりに行ける身分ではないことは確かである。
ただ、彼……ガイアット王はそれこそハナやミィカくらいの頃から放蕩癖があって。
東に泣いている乙女がいればふわさっとマントをはためかせ颯爽と舞い降り。
西に助けを求めているやっぱり乙女がいれば言われなくても率先して助けに行く豪放磊落さがあった。
言っても言ってもそのどうしようもない癖は治らないことをガイアット国も分かっているのか、昔からガイアット王国は女性が中心に政が行われており、それこそ彼がようやく年貢を納めるがごとく結婚して落ち着くまでは、旅先で多くの女性たちを浮名を流し、半ば攫ってくる形で国に女性を連れ帰ってくることで有名で。
万魔のハレム王であると勘違いされているなどと知ったらショックを受けて寝込むこと請け合いなハナパパとは真逆を地で行く、いろんな意味合いをもってマーズが何だかんだで憧れている人物でもあって。
マーズは彼を師匠とし、罠外しや索敵……スカウトの技術を学ぶとともに、人との付き合い方……ナンパの流儀を教わってきた。
邪魔者だなんて思わず愚痴ってしまったのは、そんな師匠である彼が早くも巧みな話術でハナやミィカともなんだかんだで仲良くなっているからなのだろう。
最も、どこぞの魔剣聖と同じく目に入れても痛くない娘が生まれてからはいい意味で落ち着いていて。
ハナやミィカに対してもそれこそ娘に対するようであることだけまだマシだが。
「……それで、死神師匠。わざわざ魔剣聖師匠と帰ってきたってことは何かあるんです?」
「あいつそんな呼ばれ方だったのか」
「いえ、師匠じゃかぶるので今なんとなく考えついただけです」
「えぇー、それで死神かよ。職業で呼ばれるのはなぁ。しかも最近死神の仕事なんてろくにしとらんしなぁ。リアパパとかダディとかでいいんだぞ」
「オレに呼ばせてどうすんのよ。そう言うのはマニカに……いやいや、ダメだダメだっ。直接対面するには刺激が強すぎる」
「お、噂の妹さんか。大丈夫大丈夫。距離感とって仲良くするのは得意だから。今すぐ会わせてくれたって構わないぞ」
最早親以上の親馬鹿でいやーな顔をするマーズに変わらず軽い調子のガイアット王。
ガイアット国に行くのはともかくとして、全身緑の死神だけには気をつけなさいと言っておかなければと内心でマーズが決意したところでしつもーんとばかりにハナが手を上げてくる。
「しにがみ? 死神ってあれか、レイスとかゴーストとかの親玉の? リアさんパパさんすごいなー、これがぞくせー過多ってやつか」
「確かにいろいろ詰め込みすぎてあれですが。先ほど仰っていた通り『死神』とはガイアット国にて生まれた希少な男性がつくとされる職業ですね。マーズの門番……じゃなかった、下僕と同じようなものです」
「下僕とな。ふはは。エクゼリオの姫君は中々にいいセンスをしているじゃぁないか。うちのリアはお馬さんだったか」
「おおおぉぃっ! 大人しく聞いていたら好き勝手いいやがってっ。ってか全然説明になってねぇし! いいかハナ、死神ってのはなぁ、魔精霊や人間族が生を全うした時に死後の世界へ誘う役目を持った人たちのことだっ。ユーライジアで言うなら神父さんとかの親戚だぞっ」
「おぉ、そうなのかー。じゃぁ、実際に鎌とかもって浮いてたりするわけじゃないのかぁ」
「いや、鎌は持ってるな。死神師匠の愛用の得物ですよね?」
「あぁ、もちろん。元々は槍が使いたかったんだかなぁ。セザールさんちと被るからな。なくなく実家に帰ってきたようなもんだ」
「ふむ。デスサイズ、ですか。正直興味はありますね。機会があれば拝見したいものです」
別に大人しくはしていなかったが、好き勝手言われてもそれに対してのツッコミすらやさしいもので。
しかし何故して出会ったその瞬間から、ミィカは自分のことしもべ扱いなのかと疑問に思いつつも。
一向に国に帰る気配を見せないガイアット王に。
このまま家へは帰れず夜通し何かしらにつき合わされてそのままガイアット国まで向かう事になるんじゃなかろうかと。
確信めいた予感をマーズは覚えていて……。
(第81話につづく)
次回は、3月1日更新予定です。