第79話、満を辞して一癖二癖以上な親世代、立て続けに登場
SIDE:マーズ
「……ふぅ、まったく。早すぎるんだよ。ドキドキする暇もないじゃないか」
「すっげぇツッコミたいけど、ヤケドするのはこっちだからやめとくわ」
マーズは、暇さえあればみんなのとーちゃんかーちゃんが守ってくれって言うから仕方ないんだからな、なんて言ってくるが。
やっぱり過剰なほどに過保護なのはどう見たって当のマーズが抜きん出ていて。
異界からの狂気に駆られし闇医者。
僅かながら相対した感覚では、一筋縄ではいかないだろうことはクルーシュトも良く分かっていて。
それでも全てを出し尽くすことさえできれば、負けはしないだろうと踏んでいたのに。
ほんの少しの怪我の可能性も許さぬ、とばかりの過保護っぷりである。
こんな事では、いつまで経っても成長が望めないではないか。
せっかくの実戦感覚を養うチャンスであったのに。
責任とってずっと面倒を……ではなく、強めの打ち合わせをしてくれるんだろうなと、マーズに詰め寄ろうとして。
クルーシュトは、マーズがこちらを注視していない、まだ終わっていないことに気づかされる。
「時の狭間、切れ目が……残っている? 大丈夫なのかあれは。彼奴らが這い戻って来るんじゃないか?」
「いや、ああ見えて狭間には流れがあるからな。こっちから叩き返されたやつが戻ってくるにはまだかかるだろう。あのマッド野郎ならばあれぐらいで倒せはしないだろうが、再生するより流れに乗って元の世界へ返される方が早いはずだ」
「ふむ。そうなってくると、未だ切れ目がなくならないのは」
「あぁ、言っても狭間が垣間見える機会はそうそうないからな。このタイミングに合わせて多分……」
新たなる異界からの侵入者。
可能性としてはそれも考えられたが。
マーズ自身いつも厄介事を知らせてくれる虫の知らせもなかったし、そんなマーズが落ち着いているのを見やり、クルーシュト自身もしかして、なんて思っていると。
それでも人が通るには大分狭くなってきていた裂け目が、瞬きの間に更に一層切り裂かれ傷口を広げていって。
狭間の世界に揺蕩う虹色の水ではない水のような何かが漏れ出すのとともに。
人一人……クルーシュトが想像していた通りの大の大人が勢い込んで受身を取りつつも飛び出してくる。
「クルーシュトっ、無事かあぁぁっ!」
「……っ! 父上っ」
意図的なのか、目に入っていないのか。
いつの間にかある程度距離をとっていたマーズをガン無視してすぐさまクルーシュトをロックオン。
案の定なガイゼル家当主にして、マーズの剣の師匠でもある黒髪怒髪天を年甲斐もなくカラフルバンダナで纏めた御仁が、まだまだ現役であるとばかりの俊敏に過ぎる動きで、目に入れても痛くない娘の無事を確認せんと、突貫する勢いで抱きしめようとして。
「無事かっ、大事無いか? そこなクソ弟子に何かされてないだろうなっ」
「遅れに遅れて今更戻ってきて最初のセリフがそれですか、クソ師匠。娘さんを愛でるのは後にして、まずは顔を見せる相手がいるでしょうに」
「見た目と違ってクソ真面目で正論ばかり口にしよって! そこはボケに乗っかる所だろうがっ。……いや、確かにそうだな。すまないクルーシュト。母さんに言い訳をしてくるから、ただいまのハグはちょっと待っててくれな」
「……いえ。別にいらないです。それよりも早く母上に顔を見せてあげてください」
「ぐぅおっ。娘が冷たいぃっ!」
無視しようとも存在感があれすぎてできなかったのか。
何かを思い立ったかのように、直前で動きを止めマーズと息のあった掛け合いを始めてしまう。
ある意味よっぽど二人の方が親子のようで。
そんな事を考え出すと、嫉妬めいたもの浮かぶ一方で。
あまりその辺りのことを考え出すと感情がわやくちゃになって。
肝心な時に不在だった父に対して文句を言うつもりだったのに、それどころじゃなくなって父に対する返事もおざなりになってしまったわけだが。
「まぁ、いい。その調子だ。クルーシュトよ。聞けばあの親にしてこの子ありで人たらしに過ぎて強敵も多いらしいじゃないか。俺はしゃくではあるが涙をのんで応援するぞ。……そんなわけで邪魔者は消えよう。すぐに新たな刺客はやってくるだろうがな」
「父上っ? 一体何を言って……」
何だか非常に気にかかることをのたまい、しかし言葉通りあっさり母のもとへ駆け出していってしまう父。
はっと我に返って発し残された言葉を咀嚼せんとするところで。
正しくもそれを遮るかのように新たな刺客……まだ閉じていなかった狭間の裂け目からもう一人、華麗にまろび転がって抜け出してくる。
「ふははははぁ! 出迎えご苦労っ!! このオレ様が久方ぶりに我が故郷に帰還してやったぞおぉ!」
きっと剣の師匠と今の今までともに仕事をこなしていたであろう何だか偉そうなオヤジ……
おじさんはどこぞの奇術師でもしないような全身緑の怪盗の如き一張羅を着込んでいた。
そのテンションと、年甲斐もないといった点では大分かぶっていて。
親父ってばみんなこんな感じなのだろうかと。
思わず顔を見合わせるとともに、マーズもクルーシュトも随分と久方ぶりに顔を合わせることとなった、命の輝石をその身に秘めし乙女達が暮らす【地】国の盟主でもある男を前にして。
ご都合主義にも、新たなる物語が展開していくことを、予感せずにはいられなくて……。
(第80話につづく)
次回は、2月24日更新予定です。