第78話、過保護な親たちに頼まれたからって、こうして存在しているわけじゃないんだからな
SIDE:マーズ
このユーライジア世界を人知れず護り、世界の礎となることを運命づけられた少女と。
偶然か必然か、その世界の至宝である少女を幼馴染として支えるどころか、
しつこくつきまとっていたかと思えば急に何の音沙汰もなくなってしまう事もある風来坊も甚だしい男。
マーズは、その二人のことをマーズとして自我を持つようになってからずっと近くで見守ってきた。
少女が本当は、世界のためじゃなく自分と大切な人といろんな世界を冒険したいだけで。
風来坊な男が急に音沙汰がなくなるのも、そんなやんちゃな彼女と面と向かって友達でいることに長時間もたなかっただけで。
世界の礎となる使命が、世界を構成すると言われる根源に愛されし乙女にしか許されぬと言うのならば。
自らの唯一の特技とのたまう魂ごと入れ替わるという種族特性を生かして『変わって』みたり。
自分勝手に自己犠牲甚だしく使命をとって変わろうとするから覚悟が決まって人柱となることを選んだかと思ったら。
そのための救済措置として、小さき身分け(とか言いつつほぼほぼ変わらない)が叶わなかった夢を叶えてくれるなどと、後の祭りで思い知らされたり。
時を忘れるほどかつての夢であった数多の世界での冒険の果てに。
一世代くらい遅すぎるだろうと仲間に言わしめながらも二人は家族となって。
やがて生まれてきたのは、世界の宝物。
命を引き継ぎ、世界を守っていくであろう子供たち。
どこに入っていてでも痛くない可愛い可愛い妹は。
今はその世界を支えんとする重圧にその身を隠したままだけど。
長いこと見てきた凸凹だけとぴったりはまる二人のように、支え合える運命の相手がどこかにいるはずで。
その相手は、二人の頼もしい同世代の仲間たち、その意志を継ぐ子供たちがいい。
とか言いつつも、共に在ることを選ばんとやってきたのならば。
いつかの風来坊のように『オレを倒せたのならば認めよう』とか言っちゃうのかもしれない。
そこには楽しみのような、寂しいような複雑な気持ちが渦巻いていたけど。
めでたしめでたしで幸せな結末を見届けるためには、無事にその日を迎えるまで見守り面倒を見る必要がある。
本当は、その生涯の使命はそれぞれの親が為すべきことだけれど。
すっかりそのような存在の気持ちでいたから。
ともに生きてくれと、一緒になって支えてくれと言われたのならば吝かではなく。
少しだけ早く生まれたからこそ、そんな過保護と言っても差し支えない親たちに師事し、あらゆる状況を想定した訓練鍛錬を課せられて。
付き従う形で、数多の異なる世界を掬い上げる、その手伝いをしてきた。
もはや、教えることはない。
平和に慣れきった故郷も、いい加減痺れを切らせてお話を始めようとするだろう。
目的を、生きる意味を見誤っては本末転倒であると。
大分勘違い成分を含みつつも。
こうしてマーズは故郷へと帰ってきたわけだが。
こっそり護り支えるべきと言いつかったその子供たちは。
未だかくれんぼが大好きな大好きな妹と変わらぬ天使しかいなかった。
そう言う世界もあるのだろうと。
いつか連れ立って共に在ることを誓うのを耳にするその時までお節介していようと周りをうろちょろしているうちに、絆されてしまったのはもう仕方がないと言えて。
たぶんきっと、その時だったんだろう。
明確に、マーズ・カムラルなどとよばれる存在が改めてこの世界に生まれ落ちたのは。
欲深くも、紛いながらも親莫迦めいた心をもってどこぞの馬の骨にかっさらわれるくらいならばと。
まとめて面倒見ようじゃないか、なんて思うようになったからこその今があって。
物語を彩るかもしれない数多の異なる世界からの侵略者……マーズから言わせれば馬の骨たち。
マーズ自身がこうして自身を自覚し降り立ったことで動きだしたなどというご都合主義なんぞさっぱり無視して。
泣かない赤オニと化した彼はそんな邪魔者どもを時には顔を出す前に叩きつぶし、ちぎっては投げ、畳んで丸めてもといた場所へと還してきた。
本当は、ただただすり潰して叩き潰す方が性に合っているんだけど。
この美しい天使しかいない世界に穢れた染みを残すのもなんだと、畳んで丸めてぽいするための術は世界どうしの狭間を司ると言われる【時】の根源(本当の親馬鹿)からみっちり仕込まれていて。
罠だと分かっていて尚、マーズばかりに任せてはおけぬとひとり、此度の馬の骨な首魁を追いかけていってしまった天使……クルーシュトの姿を見て。
あっさりとマーズの堪忍袋の緒とも違う、何かがぶちりと千切れ飛ぶ音がして。
「【リヴァ・デモン・パーム】!!」
久方ぶりにオニへとかえってきたマーズは。
力込められし言葉とともに、厳密に言い表すのならば【時】属性に類するエンチャントの魔法を発動する。
無造作に振り払われ下ろされた腕は、怒髪天を突く赤髪とは異なり、白きオニのたなごころのようで。
音すら殺す水平線のごとき一閃。
マーズに集り引き止め喰らわんとしていた生ける屍を分かち。
馬の骨がよく使う、『異世』などとよばれる自分だけに都合の良い閉ざされた世界をいとも簡単に切り裂いて。
無残にも、真っ二つにされ、血だまりに沈む白衣を着た成れの果ては。
異世を通り越し切り裂いて、ユーライジアと異世界の境界とも言えるものすら切り裂き。
そこから逆流する風……ちらりと垣間見える七色にうねる時の狭間の世界へと、復活や再生の暇すら与えず。
いつぞやの悪党族やアクマたちと同じように、散乱する屍ごとまとめて吸い込んでいって……。
「飛ぶ鳥跡を濁さずとは、正にこのことか。……はぁ」
結局、どこの馬の骨かも分からないままに。
その声を聞くこともなく始まるかもしれなかった物語すら終わってしまって。
呆然、と言うよりももう終わりなのかと。
少し残念そうにため息をつくクルーシュトが印象的で……。
(第79話につづく)
次回は、2月18日更新予定です。