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第77話、ここから新しい物語が、始まりそうで始まらないその理由は




SIDE:マーズ



それは、明らかにこの世界において異質であった。

銃火器を扱うゾンビの群れを率いている時点でお察しだが、そんな埒外な者達の中でも明らかに浮いていたのだ。


他の物が、曲がりなりにもこの世界に馴染まんと襤褸ながら執事服や侍女服を身に纏っているのに対して、その一人だけがよくよく見れば丈の長い白衣を身に纏っている。

すぐにその事に気づけなかったのは、戦いの様をただ眺めるかのように後方にいたせいもあるだろうが。

その白衣が、ほとんどそう呼べぬほどに何か悍ましい汚れにより黒ずみきっていたからだろう。



「ぶぶぶぶぶぶぶっ……分解したぃぃぃっ」

「……っ!」


ハナの故郷であるサントスールに隣接している、怪我や病気、はたまた呪いなどの治療を専門に行う機関、『ライジア病院』。

そこに勤める者達が身に纏う仕事着に酷似しているそれ、赤黒く変色した胸ポケットには金属めいた小さなナイフがいくつも刺さっている。

その浮いて目立つ男はそれをおもむろに抜き取り、何やらぼそぼそと呟きつつ。

その存在に気づいたクルーシュトに向けて鋒を向けてきた。

ぽたりぽたりとこぼれ落ちる黒ずんだそれは、何ものかの血か。


聞こえてきたその言葉と、向けられたナイフに。

今まさに狙われているのは自身であると悟り怖気立つも、刃向けられたのならば引く訳にはいかない。

恐らくは、この生ける屍たちを率いんとする将、まとめ役であろうと判断したクルーシュトは。

この群れの頭を討てば侵攻も止まるであろうと判断し、まずはマーズにその旨を伝えんとして。




「ひひひひひっひっ……」

「なっ、このタイミングで撤退だと!? マーズっ! 敵の将らしきを見つけた、ひとまず追うぞっ!」

「何だって、そりゃ朗報……って、急にどうしたおぃぃっ!?」


正しくそれが合図であったかのように。

それまで群れながらもろくに統制の取れていなかったゾンビが。

一斉に手にしていた武器を構え、あろうことかその全てがマーズを狙っていて。

お互いの声が聞こえづらくなるほどの、聞いたこともないような轟音が木霊し白煙が生まれ視界すら塞がれ始める。



「どわっとと!? ちぃっ、いよいよ容赦がなくなってきやがったか! 無事かクーっ!」

「あぁっ、こちらには届いていないっ」

「こいつらのボスを見つけたって!? ちょま、ぐぅおおぉっ、しつけぇぇっ……!」

「はぁっ!」


なんて言い合っているうちに、明らかに生ける屍たちはその数を増していき、視界霞む中クルーシュトの方にも鉛などでできているらしい流れ弾が飛んでくる。

それを、クルーシュトは一刀のもとに薙ぎ払って。




「マーズ、こっちは任せた! 私は将らしき輩を追うっ!」


聞こえていないだろうことは分かっていたが、クルーシュトは律儀にもそう声をかけてこちらにも向かってきているゾンビたちから離れるようにその場から駆け出していく。

するともれなく、逃げるように去っていった白衣の男の背中が見えてくる。


向かっているのは、ユーライジア下町と敷地外に挟まれた『グラウンド』と呼ばれる魔物や魔精霊が棲まう場所か。



(……ふむ。明らかに誘われているな)


やはり狙いはクルーシュト自身。

この様子だと、誘われた先に何かしら罠、相手にとって都合のいい仕掛けがされているはず。

それを理解した上で、クルーシュトは止まることなく加速、なんぞ企むより先に仕留めんと抜刀しその背中に一撃を加えんとして。




「……むっ」


その瞬間、ぶわっと。

見えずとも分厚い大気を突き抜けるかのような感覚。

世界が、がらりと入れ替わる。




(結界、かのものの領域か)


確実に間合いへと入りこんだはずなのに、白衣の男の姿はなく。

それどころか、穏やかな緑が広がる場所から、昏い昏い地底……ダンジョンめいた場所へ落とされたかのごとくである。



(しかし、ここは。随分と嫌な匂いがするな)


ダンジョンはダンジョンでも、名状しがたい怪物のはらわたへ入り込んでしまった感覚。

壁や天井は赤黒く染まり、滑りとともに蠕動している。

血の池が広がっているかと思えば、薄ぼんやり緑色の苔むした水槽が立ち並び。

吹き抜けのような場所には、場違いなつるりとした白い台座があり、無造作に無慈悲に臓物がぶちまけられている。


クルーシュトは眉間に皺を寄せ、抜刀したままながらも口と鼻を塞ぎつつ言わば相手の懐とも言える場所へと更に入り込む。

領域、あるいはダンジョンに迷い込んだというクルーシュトの判断は間違ってはいなかった。

ここではない世界の、悍ましさと穢ればかりが詰め込まれたそれの名は、この世の果て。

『マッドアズヘル』と呼ばれるダンジョンのひとつ。


その中心にダンジョンを創り維持する『主』を配し、飲み込まれたものをただただ消化し、外界を少しずつ少しずつ侵食していく、

百害あって一利もない、存在するだけで世界を破滅に導くもの。

クルーシュトの父が、わざわざ足を運び完膚なき迄に滅さんと躍起になっているものでもあって。



「全く。父上は何をやっておられるのだ。こんなものを持ち込ませるなんて」


世界を侵食し崩壊させるきっかけになるかもしれないものなどとは、さすがにクルーシュトには理解は及ばなかったが。

この世界にあってはならないものだとはよくよく分かって。

愚痴を零しつつも、しかしその事に対して恐れをなすこともなく、そう時間をかけることもなく最奥へと到達すると。


 


「ひひひひひぃっ……ぶぶぶぶんかい、解剖ぼぼぼサセロぉぉぉっ……」


案の定、血濡れの小さきナイフを両手にだらりと下げて構えた白衣の男が、ダンジョンマスターとしてそこにいたが。

 


「だが、甘いな」


やはりクルーシュトは微塵も怖気づくことなく。

日々の訓練程度はもってくれよとばかりにそうひとりごちつつ。

どこか余裕の笑みすら浮かべて、そう呟き改めて愛用の得物、『鹿目』を構え直すのだった……。


 

    (第78話につづく)








次回は、2月14日更新予定です。

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