第73話、一風変わった異世界の、腐臭と硝煙の臭いのする修行の始まり
SIDE:マーズ
「ゾンビはゾンビでも、ユーライジア産じゃなさそうだな。やっぱり異世界の奴らか」
「異世界? うちの者どころの騒ぎじゃないじゃないか。はっ、もしや父上が最近ご不在なのは……」
「あぁ、そうだ。『ステューデンツ』としての仕事、活動の一環だろう。だが、彼らの目的はタクトさんだと思う」
「なんだと? ならば何故父上はおられないのだ? 母上を守る以外に優先すべきものなどないはずじゃないか」
ここからでも腐臭が漂ってきそうなほどに明らかなゾンビ、アンデット系のモンスターを家族と見間違うくらいに。
何らかの理由があってポンコツになっていたクルーシュトも、マーズのそんなセリフを耳にして我に返ったらしい。
今の今までマーズ自身にも知らされていなかった母の存在。
元は、人間によって創り生み出された魔導人形でありながら、人間族と変わらぬ魂を持ち英雄の一人にして闇雷の勇者と呼ばれた男と結婚。
勇者……ガイゼル家当主との間に奇跡的に一人娘をもうけたことで一線からは引いているが。
それまでは闇雷勇者の対となる金木の聖女とも呼ばれていて。
ユーライジアの世界を他の英雄達……『ステューデンツ』とともに平定した後、その救世の手を背中合わせに繋がる異世界へまで伸ばしたのだ。
その際、数多の感謝と賛辞とともに。
いいかがりも甚だしい恨みつらみを受けることも残念ながら少なからずあった。
マーズやクルーシュトの父のように、今現在ユーライジアにいない英雄たちの中には、一度関わったからには憂いなくなるまで、という考えの者は多いが。
特に聖女とまで呼ばれたタクトは、その奇跡の身の上もあってどこへ行っても狙われることが多かったらしい。
故に、唇を尖らせて不在の父を憂うクルーシュトの気持ちも分からなくはなかった。
マーズの母方……世界の礎となることを運命づけられしカムラルの一族の歴史でも、世界を支え守らんとすることにかまけて大事な人を守れなかった、なんてことも少なくなかったから。
これも修行の一環だとか、おとり捜査的なものだなんて、さすがに言わない方が良さそうだな、なんてマーズは思う。
何故ならば今更ながらに思い出したというわけでもないが、師匠には耳にタコができるくらいに娘を頼むと言われていたのだ。
降りかかる危険から護ると言うよりも、父の尊厳を守りたい、嫌われたくない一心でのものだったはずで。
やりこめられ凹む世界一の剣士の姿も見てみたい気もするが。
どうせなら自身の剣でぎゃふんと言わせたい部分は確かにあったから。
マーズはおかんむりなクルーシュトを宥めるべく変わりの言葉を口にする。
「いや、多分師匠は今、タクトさんを狙う首魁と相対してるんだろうさ。それでも、その間隙を縫ってこっちへ溢れてくるやつがいるかもしれない。そのために俺が、クーがいるんだろ。ウィーカが引きつけてお茶会してるうちにちゃっちゃと片付けちまおう。タクトさんが気づかないうちにさ」
「む。なんだ、ウィーのやつも知ってるのか。だがそう持ち上げられたのならば父上を問い詰めるのは後にして……おこうかっ!」
「うどわぁっ、師匠ごめんなさいぃっ! って、いきなり刀抜くなよっ、びっくりするだろがいっ!」
鍔鳴りの音すらない、弧を描く銀光。
それっぽい事を言ってドヤ顔していたマーズ……ではなく、マーズを襲わんと向かい飛んできていた螺旋の鉛を真っ二つにする。
「ふむ。気づかれたか。生ける屍のようでいて、遠距離狙撃をするような頭はあるらしい」
「狙撃って、ゾンビが銃火器でも使うってのかよ。いつも打ち抜かれまくってたから自分らでもって思ったんかな」
「魔力はこもってなさそうだ。異世界の技術か。……ちょうどいい。私も一度体験したかったんだ。弟弟子ばかり異世界連れ回して娘の私が置いてきぼりって、納得いってなかったからな」
「俺が弟なのかーいっ! って、ちょ。まっ、嘘だろぉっ!?」
確かにマーズの周りには妹っぽい子たちばかりで、そう呼んでくれそうなのはクルーシュトくらいかもしれない。
なんてツッこむ間もなく。
クルーシュトは父から受け継ぎし刀、『鹿目』を構え直し青い【雷】の魔力を纏わせると。
そのまま物見台の柵を飛び越え、雷が落ちる勢いで急降下……この世界にない武器防具を身につけたゾンビ達へと突貫してゆく。
「やっべ。もたもたしてると修行終わっちまう。……タクトさんたちの方は、うん? あれ、マニカがいる? いつの間に起きて出てきたんだ。ってか、マニカの方から出られたんだな。夜じゃなくて、もっ!」
マーズはすぐさまクルーシュトを追いかけようとして。
名前負けしてても魔力を読むことに長けたカムラル家の者だけあって、自分と同じといってもいい魔力の持ち主がハナたちがいる辺りにいることに気がついて。
万が一はないけど、ウィーカに加えてマニカまでいるのならば安心だと。
ついでにこうなったら魔導人形のことについても聞いといてもらおうかな、なんて思いつつ。
改めてクルーシュトの後を追って、仕方ねぇなぁとばかりにはしごも使わずに落下していって……。
SIDEOUT
(第74話につづく)
次回は、1月25日更新予定です。