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第70話、普段とは違う静寂に、さすがに気づくも変わらずを貫いて



Girls Side



「……っ、あぁ。そだ。ちょっくらクルーシュトのこと、捕まえてくるわ。朝の鍛錬もあるし」

「いつもいつもありがとです。それならハナちゃんとミィカちゃん。朝ご飯は食べましたか? マーズさんが食べるからってたくさん用意してあるんです。ちょうどウィーちゃんもごはんの時間ですし」

「にゃぅん」

「おぉ、いいの……いただいてもいいんですか? たまにはいいよね、ミィカ」

「えぇ、そうですね。せっかくですからご相伴に預かりましょう」



はっと我にかえって。

何か用事でもあって少し席を外します、とでも言わんばかりに忙しなく。

クルーシュトの後を追って駆け出していってしまうマーズ。



娘のクルーシュトもマーズも、そして今はいない夫……ガイゼル家当主も。

なにか理由があって、タクトのもとから一旦離れている。


今となってはすっかり、優雅なメイド生活に浸かりきって慣れきってしまったが。

かつては夫とともに世界中どころか様々な異世界までも冒険し、仲間たちを癒して回っていたタクトである。


強い意志をもって夫が愛し、生きがいでもある正義を貫き続けていれば。

いらぬ恨みつらみを買うことだって少なくはない。

恐らく夫は、その対処に当たっているのだろう。

魂持ちし奇跡の魔導人形、などと呼ばれてしまっている以上、狙われているのはタクト自身の可能性もある。


本当ならば、タクト自ら動くべきなのだが。

多くを語らずに一人で向かったのならば、タクトがガイゼル家に留まることにも意味があるのだろう。


ならば自分は家族の居場所を、家を守っていよう。

自慢の娘や、そのお婿さん候補になるかもしれない頼もしい『ステューデンツ』の弟子であるマーズもいてくれる。

たとえば魔王ような存在がやってきたとしても、自分は普段のようにお迎えの準備をしていればいいのだ。



「それじゃあ、こっちだよ。我が家の自慢のサロンにご案内しま~す」

「あ、何かお手伝いできることがあればおっしゃってください」

「大丈夫だよ。ミィカちゃんはお客さんなんだから、ゆっくりしてて」

「そうですか? でしたらメイドの後輩としてその手腕、見学させていただきます」

「じゃぁボクはウィーカちゃん抱っこする」

「ぶにゃん」


そう言えば万魔の王の娘さんと、【エクゼリオ】の魔王の娘さんだったわね。

もしかしなくても、娘にとってみれば相当に手ごわいライバルなんじゃないのかなって。

だけど、末永く……自分たちの世代のように仲良くしてもらえるといいなと。

その手助けをするためにと、タクトはひとつ笑みをこぼして早速とばかりにサロンへと二人を案内する。




「それにしても、上階がないつくりのせいでしょうか。随分と広く感じますね。お掃除なども大変なんじゃありませんか?」

「この緑色のくさっぽいじゅうたん? 初めてみたのだ。いい匂いがするし、ウィーカさんごろごろしたら気持ちよさそう」

「にゃんにゃん」

「あぁ、たたみ? こう見えて結構お掃除はしやすいんだよ。取り外しもできるし。あと、お掃除もわたしひとりってわけでもないからね」


その道中、他のユーライジアの邸宅ではあまりお目にかかれないガイゼル建築……『和』の様相に二人で目移りしていると。

期待に応えようとばかりにウィーカはひんやりした畳でごろごろしていて。

タクトは今は魔法も使って家事もできるからそんなに時間もかからないんだよ、なんて嘯きつつどこからともなく柔らかい素材のほうきを取り出してみせる。



「そうなのですか。……それにしては他のメイドさんたちの姿は見えませんが」

「あ、うん。必要な時だけ起きて……じゃなかった。来てもらってるからね。執事さんとかは今お父さんについてるから席を外しているけど」

「ええと、それはまた。随分とお寝坊さん、重役出勤ですね?」

「あはは。お庭のお手入れとか、たたみや障子とかの管理は、専門の人がやってくれるから。必要な時だけ来てもらうんだよ」


随分と広い割に、閑散としていて人の気配はない。

流石にミィカも、人っ子ひとりいない状況が気になったようだ。

タクトは、そんな自分で言っていて言い訳にも聞こえなくもない理由を口にしつつ、綺麗に張り合わされた障子戸を開け放つ。



「おほーっ、ごはんだぁっ。何だかめっさ高いお宿にきたみたいね」

「あ、準備やっぱり手伝います」

「そう? それじゃあお願いするね」

「……にっ」


おひつから湯気を立てるご飯に、いい匂いのするおかずたち。

高級宿の炊事場めいた雰囲気のあるガイゼル様式なサロンへ足を踏み入れんとすると。

独特な背の低い樹木の立ち並ぶ中庭が見える格子窓の方を気にする仕草をみせるウィーカ。



「どうしたのウィーちゃん。【ピアドリーム】の精霊さんでもいらっしゃるのかしら」

「なーう、ぐるるぅ」

「ん? なんだ。何かいるのか?」

「……っ、この気配は、【エクゼリオ】の?」


警戒心を示す、ウィーカの鳴き声。

ぴょんぴょん跳ねて、ハナが少しだけ高い窓の向こうを見ようとして。



微かに、確かに聞こえるは随分と軽い羽音。

どこかで触れ、感じたことのある魔力にミィカが息をのむのとほぼ同時。


文字通り、闇色の翼の影が、窓から零れ出る陽の光を遮って……。



    (第71話につづく)









次回は、1月11日更新予定です。

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