第69話、空気を読まずに、何となくそんな気はしていましたとは言えず
ある意味では漢らしいと言えなくもない。
マーズとしても、まったく考えたこともないだなんて口にすれば嘘になる、だけどハナ自身ほとんど意味を理解していないであろう、それなのにもはや口癖になってしまっていそうな召喚契約のお誘い。
恐らくもなにも、そんなハナを万魔のハレム王が目の当たりにしたらびっくりして連れて帰ってしまうくらい動揺することだろう。
彼はそんなご大層な二つ名を持ち、事実大軍団といってもいい召喚契約者を従えし王ではあるが。
髪色以外は正しく親子らしくとても良く似ていて。
師匠と仰ぎ教えを乞うていたマーズからしてみれば。
そんな風に呼ばれているのを知ったのなら真っ赤になって卒倒してしまうくらいの繊細さを持っている、というのが第一印象だった、
女性的と言うか、師事していたのは彼の妻でありハナの母親の方が多いくらいであったからすぐに気づけたが。
言われなければ、魔力……いわゆる魂の色ですら女性そのものであったこともあって、万魔のハレム王は実は女性であったと勘違いしていたかもしれない。
当然、ハナのそんな言わされてる割にはこなれてきた台詞は。
面白大好きミィカの入れ知恵であるわけだが。
十中八九そんな女性と見まごう王の前で口にしたことはないんだろう。
僕ってそんな風に見られていたの? だなんて、ショックを受けて寝込んでしまう可能性もある。
だからそれを傍から見ているマーズとしては、色々大丈夫なのだろうかと不安な部分もあったりするわけだが。
「えぇっ!? えと、あのその。ええとですね。いちおうわたし、もともとは【木】の一族ではあったんですけども。いろいろありましてですね、そのあの、こんなわたしですけど、もうお相手がいますというかっ……って、くーちゃん、助けてくださ~いっ」
「みゃぶっ」
「あぁ、もうっ。ハナさんたちがいる時点でこうなるとは思っていたけどもっ。召喚契約だからっ、そう言うのじゃないからっ。……ミィカさんがいけないんですよっ」
「うっ。そう言われてしまいますとぐうの音も出ないといいますか。自分の面白欲に負けてしまって。今はちょっと反省しております」
本当の娘であるかのように、ぴゃーっとなっていたずらっ娘メイドなミィカとは趣の異なるどじっ娘メイドさんは。
相変わらず天を仰ぎつつ何故かさっきからマーズのことを気にしている風なクルーシュトに助けを求めんと抱きついてくる。
その軽い衝撃で、大人しいと思ったらタクトの頭の上で寝かけていたウィーカが猫らしくなくずり落ち転がってくるから仕方なくマーズは回収していたが。
どうやらハナやタクトの純粋さにあてられたのか、さすがのミィカもクルーシュトにそう言われて反省している様子。
はてさてどんな風にフォローすべきなのかと、一瞬考えつつも。
少しばかり逆立っているウィーカの毛並みを撫ぜたからなのか、例の虫の知らせ的なものがせり上がってきて気もそぞろになっていたマーズのツッコミが遅れたところで。
やっぱり色々と理解していなかったハナが、クルーシュトに抱きつくタクトをみてきょとん、と首を傾げて。
「【木】? ……おぉ、ほんとだ。すっごい。【金】属性とはあいはんぞくせーじゃなかった? ウィーカといっしょだな! もしかしてふたりは親子だったりするのか? お相手ってことはボクの父さまみたいにじゅーれー道士なのか? ウィーカと契約できたし、契約かぶりってことはなさそうだけど」
「みっ!」
「あ、えとその。わたしは従霊道士じゃないですよ? 今はメイドさんですけど、トールさんと共に戦っている時は治癒士をしていました」
「ん? トールさん?」
「わぁぁーっ! 違う、違うんだマーズっ! 父上と母上にはなんの関係も……あっ」
マーズの腕の中で、何故だかびびくぅっとなるウィーカに首をひねりつつも。
不意に出てきたユーライジア一の剣士の名前に懐かしいやら頑なに出てなかった親世代初出だな、なんて思っていると。
ウィーカ以上に慌てている様子のクルーシュトが、嘘や隠し事が苦手な彼女が。
たぶんきっとマーズに隠したかったのだろうそんな驚愕な事実をぽろっとこぼしてしまうではないか。
「えっ? ……マジで? あっ、そうか。だから……」
「クーさんのお母様だったのですか。確かに似ていらっしゃいますね。改めましてご挨拶を」
「みゃーんみゃ」
「ウィーカじゃなくてクーのほうだったかぁ。あらためましてー、ハナです」
「ふふっ、クーちゃんウィーちゃんともども、よろしくお願いしますね~。こっそりメイドさんしてたんですけど、バレちゃいました」
思い起こせば、マーズがここへ来る時は大抵クルーシュトかガイゼル家当主の近くにいたではないかと。
誰も口にはしないから当然マーズも口にはしないが、何度も言うがそんな風にはにかむメイドさんは、どう見てもハナやミィカと同じ年頃の少女にしか見えない。
父親に似てマーズと(背中合わせで共に戦うという意味で)ちょうどいい感じの背格好なクルーシュトがまさか娘であるなどとはすぐには結びつかなかったのは事実で。
「くっ、父上。すみませんっ。不覚をとりましたぁっ、母上がマーズに知られ暴かれてしまいましたぁぁーっ!」
「ちょ、言い方っ!? って、何だよ。どこ行くんだって!」
恐らくきっと、剣の師匠……父親の言いつけでタクトのことはマーズに秘密だったんだろう。
それが、溺愛からのいらぬ嫉妬でないことを祈りつつも。
穴があったら入りたいとばかりにどこかへ駆け出して行ってしまうクルーシュト。
一堂は呆気に取られただただ見送ることしかできず。
マーズとしてはそう一言ツッコむのが精一杯で……。
(第70話につづく)
次回は、1月7日更新予定です。