第65話、懲りずに自分勝手でいるから、イタイ目をみるのだ
冗談のつもり、あるいはマーズの得意なツッコミ程度のもの。
ほとんど条件反射の恥ずかしさで、ミィカから生み出された、ドラゴンを模した闇魔法はマーズによって苦笑しながらの片手間で吹き散らされるはずだったのに。
「……」
「ちょまっ、ミィカっ! いきなりどうしたのだぁっ」
「みゃみゃぁっ!?」
まるでそのまま受け入れる、とばかりに。
フリーズして動かないマーズ。
このままでは直撃コース。
耐性のないものならば、【闇】の魔力により業火に焼かれたかの如き傷を負うことだろう。
それを知っているハナはびっくり飛び上がって。
ウィーカは全身の毛を逆立ててミィカ……ではなく、動こうとしないどころか両手広げて迎え入れんとしているようにも見えるマーズを非難する。
事実、その時その瞬間のマーズは。
ミィカやマニカの気持ちも考えずに自分勝手なことを考えてしまっていた。
マーズやマニカの種族のひとつ、レスト族。
先にも述べた通り、一つの身体に複数の魂を抱えることとなるその一族には、魂と身体をそれぞれに分ける『分離』などと呼ばれる方法が存在する。
それを起こす、きっかけは単純明快。
共有していたその身体に、命の危機が及ぶほどのダメージを負うことにある。
それは、自慢の肉体を鍛えに鍛えすぎて、マーズにしてみれば初めに捨て置いた案だったわけだが。
ちょうどお誂え向きに、結構いい感じの【闇】魔法が飛んできたから、これもしかして防御しないで受け入ればいけるんじゃね、なんて魔が差してしまったのだ。
見た感じ、そのドラゴンを模した【闇】魔法は、相当な魔力が込められている。
確か、エクゼリオの一族にももう一つの魂といっていいのか分からないが、内に棲まうものがいるというのは親たちから聞いていて。
普段はそれを抑えているか、ハナによって吸われるがごとく緩和していたものが、ウィーカとのにゃんにゃんと恥ずかしさで暴発してしまったのだろう。
マーズ自身【闇】の魔力はそれなりにあるため、耐性はあるほうではあるのだが、こっそり自分にデバフをかけたのならダメージは通りそうな気がする。
今のところ、このような千載一遇のチャンスは訪れそうになかったから。
このタイミングを逃してしまえば、次はないかもしれない。
そんな自分本意なことを考えたが故の、マーズの硬直時間だったわけがが。
―――兄さま、ちゃんとよく見てっ!
不意に聴こえてくるのは現在お休み中のはずのマニカの声。
加えて、自分勝手でダメダメな兄と入れ替わろうとするかのような浮上して近づいて来る気配。
マーズはそれに押されるようにはっと顔を上げて。
そこに見えるは、既に一端の魔精霊として命すら吹き込まれていそうな闇のドラゴン……ではなく、いろんな意味で泣きそうな少女の顔で。
「ふんぬらばぁっ!」
自分がなんのためにここにいるのかを見誤るとこだったと。
不甲斐ない兄ですまないと、できた妹に感謝しつつ気合の声上げて力を全身に漲らせ湯気が出るほどに愛すべき筋肉の準備を刹那に整えたマーズは。
触れよとばかりに近づいていた闇のドラゴンと正面から頭同士でぶつかりがっぷりよつ状態になって。
「どっせぇぇぇいっ!」
そのまま潜り込むように懐へ入り込み、離し振り上げた両手をしかと具現化し始めていた一対の角を掴み、頭で腹をかち上げるようにして投げ飛ばしてしまう。
中空にかなりの勢いで投げ出された闇のドラゴンは、力と力の勝負に負けたことを受け入れたがごとく、そのまま世界に溶けて。
あるがままの、世界に存在している魔力となって霧散していく……。
「すごっ。マーズってばまほう投げちゃった」
「みゃうーん」
「……くぅっ、もう! なんなんですか一体あなたはっ! 全然面白じゃないですっ、そんな私をからかって楽しいんですかぁっ!」
「あだっ、ってちょっと今度は直接攻撃っ!? って、ちょっと悪かったって! 大丈夫だからっ、泣いちゃってるところみてないからっ」
「もっ、もおおおぉぉっ! 忘れなさぁぁぃっ! じゃないと今度こそ潰しますよっ!!」
「ちょっ、そっ、そこは勘弁っ! 反則だろおおぉいっ!?」
お互いの背丈がちょうどいいらしく、ちょっと絵面が大変けしからんですよと。
全く別の意味で命の危機だと。
物理的にマーズからマニカにかわってしまう(そんなわけはない)でしょうと。
流石にそんなことで『分離』するハメになったのなら洒落にもならんと。
どう見たって独りよがりな自業自得であるからして処置なしとばかりに。
文字通りマーズは、ほうほうの体でその場から逃げ出していくのであった。
やっぱり、泣く子と可愛い妹には勝てないなぁ、なんて思いながら……。
(第66話につづく)
次回は、12月19日更新予定です。