第63話、なんだかんだで、一番きっと近いところにへばりついて
SIDE:マーズ
「まったくもう! まーずってばとんでもないへんたいにゃぁっ! あたしじゃなかったらひどいよぅ、めためたにひっかいちゃうよ!」
「それはまぁ、ウィーカがまたいつの間にやら俺のプライベートな自室に入り込んでんのがそもそも悪いんだが。……いや、うん。ちょっと夢に引っ張られてないつもよりやりすぎちまったのは否めんか。すまん」
ここ最近、マーズが暮らすヴァーレスト邸の周りに毎日のように響き渡る、嬌声めいたにゃんこの鳴き声。
家としてはそこまで大きなものではないのだが、近隣の家とは間隔があるため、近所迷惑の心配はなく。
むしろ、カムラルの屋敷に住まずにひとりで今は空いている父方の家に住んでいるのは、こうやって可愛い子を連れ込んでよろしくやっているんじゃないかと、カムラル家の者達に邪推されてしまうくらいで。
(邪推っつーか、傍目から見たら言い訳のしようもないくらい事実なんだよな)
自分が連れ込んでいるわけじゃない。
ウィーカの方が勝手に猫道を使っていつの間にやら入り込んでいるだけ。
マーズとしては、そんな言い訳をしたいところだが。
何が何でも絶対侵入を……それこそネズミ一匹通さない程に塞いで塞ぐつもりはないし、マーズの方から彼女のことを拒む気持ちなど毛頭ないので。
ひっかくぞ、ひどいんだぞなんていいながら、逃げ避ける様子もなく変わらずお腹を頭につけてのんべんだらりとくっついているウィーカに対し素直に謝り倒す。
「ゆめぇ? いったいどんなへんたいさんなやつで、どこのだれよ? またまたあたしが知らないうちにおにゃのこゲットしたんじゃないでしょうね」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ」
「だってにぇ、今まではそのムダにでっかいからだでぎゅうってすることはあっても、あんな……あんにゃっ、マーズのへんたいぃぃっ!!」
あの時あの瞬間の、夢現の寝ぼけ眼で行った仕打ちは。
今も頭の上にあるウィーカのお腹に向けての全身全霊な猫吸い。
ウィーカはそのほとんどを言葉にできずに、にゃあにゃぁいいながらしっぽをぺちぺちしつつ恥ずかしがっている。
吸うことと吸われることなんて、小動物と小動物好きならばよくあることでそんな恥ずかしがるかよ、とも思ったが。
正しく人間の少女のようなリアクションをしているのと、実際少女としての……人型でのウィーカが浮かんできたのと、自身でも口にした夢での語るにはけっこう恥ずかしいマニカとのやりとりを思い出し、痛くも痒くもないけどくすぐったくてぶるっとくるウィーカの折檻をただただ受け入れていて。
「あぁ、でも確かに言われてみれば知らなかったとはいえ、捕まえて閉じ込めちゃってるってことなのか」
「んん? あー、もしかしてりあがゆってたマーズの中にいる『もう一人の自分』のこと? じぶんっていうか、妹ちゃんなんでしょう? も、もももしかしてまーず、妹ちゃんにあんなことこんなことを?」
「……家族としての普通の触れ合いだよ。寝かしつけるのにちょっと手こずっただけさ」
「寝かしつける、ねぇ。だいじな家族なのに、だまってなにかこっそりやりたいことでも?」
恐らくきっと、マーズの周りにいる少女たちの中では一番にませていてこんな風に下世話な話もできるウィーカ。
いつもならば、事細かく今回は何やらかしたのか教えるまでくっついて離れないわけだが。
おちゃらけた雰囲気なしにマーズがそんな風に誤魔化すから、聡いにゃんこなウィーカはすぐさま察したらしく、すぐさま本質を突いてくる。
「ああ、文字通り俺のための新しい身体をな、探そうと思って。今の今まで気付かなかった俺も俺なんだけど、どうやらこの素晴らしい肉体はマニカのもので俺のものじゃなかったらしい」
「妹ちゃんをときはなってあげたい。本当の主人格はまーずじゃないって? じょーだんもたいがいにしゅろにゃこのまーずっ! あたしのねどこになれるのは、まーずのこのむだにでっかいからだにへんたいだけどやさしいまーずの魂がはいってるやつだけにゃっ。じぶんをないがしろにするなんて、たいがいにゃっ! もっとじぶんを大事にしろにゃぁぁあっ!」
「……すまん。そう、だったな。自分自身を大切にできない漢に、かわい子ちゃんたちを護る、大事にする資格はない、か」
どうやら、マーズ自身今までマニカに気づけなかったことに対してけっこうへこんでいたらしい。
自身がこの世界のものじゃないのかもしれないだなんて、流石に飛躍しすぎなのだろう。
終いにはにゃぅんにゃんとなきだしてしまったウィーカを宥めるようにして頭の上から腕の中に抱え込み、男らしく謝り倒す。
そのまま当たり前のようになぜながら、マーズはそのまま家を出て目的の場所へと歩き出した。
「……うみゅっ。んで、結局どうするにゃ、どこ行くにゃ?」
「ウィーカのご主人さまのとこにな。俺がどうこう以前に、マニカの他の居場所を探すくらいはやっとこうかなって」
たとえそれを、本人が望んでいなくても。
マーズ自身が、自身の内にいない彼女を望んでしまったのだから仕方がない。
「くーのところ? あ、そか。くーのおかあさんっちって、まどーにんぎょうつくってるとこだもんにゃ」
「そう言うこと。確か、実際の人をモデルにして、実際の人とほぼ変わらない意思ある存在を創ってるんだったよな。話だけでも、聞いてみる価値はあるかなって」
「んにゃ。そういうことなら仕方ないにゃ。さっそく……って、んにゅ?」
場所はわかってるだろうけど、案内は任せろにゃ。
とばかりに、マーズの腕から飛び出そうとして。
正しく猫が不可思議な見えないものを見つけたかのように、ふっと顔を上げて……。
SIDEOUT
(第64話につづく)
次回は、12月9日更新予定です。