第59話、桜色に連れられやってきたけど、もう手遅れだった(物語的な意味で)
Girls SIDE
桜色したスライムに連れられて。
ハナたちがやってきたのは。
所謂ダンジョンで言うところの、ワンフロアをぶち抜いたかのごとき広くなっている場所であった。
「スイ……ちゃん?」
文字通りの、その中心。
正しくも舞台に上がりスポットライトを浴びる主役のごとく。
ひとりの少女が、複数の悪党族に対して大立ち回りをしていた。
「え? スイ姉さん? それにしては……」
「漆黒の髪? 理事長室でお会いした時は、翠緑色だったはずだけど」
「……」
「むむ? これはまた珍しいんじゃないのか? だってミィカみたいな【闇】の子だって、髪色黒色じゃないしな」
実のところ、このユーライジアの世界において純粋に黒髪だけのものは相当の珍しかった。
ハナの父である万魔のハレム王が、烏の濡れ羽色と称される色を持っているとされているが、そんな彼ですら深い海のごとき藍色が混じっている。
単一の黒を持つものとして、マニカの父がそうだったらしいが。
マーズの内にいて未だ対面したことはなかったが、一度そう思ってしまったら、何故かそんな変わり果ててしまったスイに兄の姿を幻視するマニカである。
「あの禍々しい魔力は、【厄呪】とも違う? まさかスイ姉さん、何者かに乗っ取られている?」
「確かにっ、あそこにいるのはスイちゃんだけど、スイちゃんじゃないょっ!」
「あれって、武術? どこかで、見たことがあるような気が」
「おおぉ、あれって父さまと母さまのわざだぞ、ほかの人が使ってるの初めて見たな」
「ととっ、とにかく助けにいかないとっ……って、マニカさん?」
「いえ、あれは……少し、様子を見ましょう」
先頭切って助太刀だと助けに飛び出しそうな勢いのアオイを引き止めたのは。
いつの間にやら桜色のスライムを手懐けたのか頭の上に乗せていたマニカであった。
どうして止めるのさ、どう見たって多勢に無勢じゃないか。
スイちゃんはあたしと違って活発なタイプじゃないんだから(魔法を中心に戦う後衛タイプ)とアオイが抗議するよりも早く。
何か確信持っている風のマニカが言うように。
変にしゃしゃり出ればかえって邪魔になってしまうだろうと思えるくらいには、目まぐるしく展開が変わっていった。
当然、観戦して応援くらいしかできないくらいのスイらしき少女の圧倒的無双という方向に。
言うなれば。
ハナたちが駆けつけた時には、もうなからカタがつきかけていたのだろう。
後々に聞いたところによると、『フェアブリッズ』なる希少種族のアオイやスイを狙って。
かの一族の生命力、魔力を取り込むことにより大量の経験値を得ることができるのだと、異世界からの魔精霊狩りを生業とする人ならざるものがやってきていたのだと言う。
その数、12。
しかし今となっては、漆黒色の煙のごとき魔力を揺蕩わせるスイに対するものは三人しかいなかった。
一人は、この世界で言うのならば【金】にまつわる拘束具を両手両足につけたリビングデットのごとき大男。
その両手のひらをスイに向ければ金気よって生まれた弾丸が、文字通り弾幕を作り出しスイに襲いかかる。
二人目は、【月】の魔精霊のように獣特徴……百獣の王のごとき野卑た暴力性を隠しもしない、これまた大男。
その爪を、牙を、四肢を巧みに使い弾幕を縫う形で華奢に過ぎるスイに覆い被さるようにして近接戦闘を仕掛けてくる。
そして、残る三人目。
【氷】の如き相貌の痩せばらえた青年。
手に持つ身近に過ぎるロッド、マジックアイテムであろうそれから、矢継ぎ早に様々なデバフを与えるであろう呪を靄として打ち出している。
「ぐぅっ、何故だぁぁっ! どうして、俺の、スキルが効かない!? そんな存在がいていいはずがぁっ」
「があああああぁぁぁっ!!」
「……っ」
実際、そのデバフのかかる魔法がスイに効いたかどうかはともかくとして。
痩せた青年には、スイの動きが見えていなかったのだろう。
見た目だけなら綺麗な七色の靄を、邪悪さすら感じる気を纏い放ち続けているスイは、正しくスライムらしき身体としなやかさと。
ハナやリアータが言うような、万魔のハレム王が扱っていた武術による攻夫、技術をもってして、通常ならば躱すことも難しい魔法を。
獣々しい暴威……咆哮を上げつつ向かってくる爪撃をいなし、逃げ道などないはずの無慈悲な弾幕を、思わず言葉失う機動ですり抜けていく。
「……好機ッ! 【エクゼキューション・ヘル】ッ!!」
「なぁっ!? げぶらぁっ」
【地】に依る、縮地にも似た移動法と。【月】に伝わる武術。
【闇】の魔法の一種でもある、武器に、その身に闇の刃を纏わせるエンチャント。
いわゆる一つの、三種合成のスキル、あるいは魔法。
マニカやマーズの母、カムラル家に代々伝わるという秘奥義。
気づけば、首がもげんとする勢いで、天地が逆転し吹き飛んでいく痩せた魔法使いの男。
その時点で、マニカはそこにいるのが誰だか気づいてしまったが。
「さっさと故郷に帰るんだな! 家族が居るかどうかは知らんけどっ!」
それ以前に、スイに憑いてるその人は自分を隠す気なんぞまったくもってなかったらしい。
そんな、スイであったら絶対発しないであろう言葉を吐くのと同時に。
いつの間にやらそこにあったのか。
あるいは、初めからそのつもりでそこに『設置』してあったのか。
ごろごろと転がっていく男のその先に突如として生まれるは、次元の狭間。
【携帯虹泉】とも呼ばれるそれは、あんまり趣味のよろしくない厚ぼったい唇の形をしていて。
「あっ、あああああぁぁぁぁっ……」
無慈悲に容赦なくばくりとされて、文字通りこの世界から消えていく。
断末魔のその叫びすら、初めから存在してなどいなかったかのように……。
(第60話につづく)
次回は、11月22日更新予定です。