第56話、かえるの子はかえる、それじゃあ怪人にしてラスボスな子は?
SIDE:マーズ
「……」
実際にそれは、氷ではなく限りなく透明度の高い鉱物により創られた、天然の檻。
何故それが、いつからそれがあって。
救世主などと呼ばれ、世界の礎となる宿命を背負いし少女がそこに眠っているのか。
マーズが男に生まれていなかったら、まず間違いなくその宿命に関わっていて。
未だ少女と称しても違和感のない母の使命を引き継ぎ、いずれはここで世界を護るものとなっていたはずで。
(男の俺は、外に出て世界を護れ。つまりはそういうことだったわけだな)
両親とその英雄世代の教育の賜物であることは当然見過ごせはしないが。
物心つく頃から、漠然とそんな観念のようなものが染み付いていて。
つきすぎてしまった今では、自分勝手に護るべき対象は愛すべきかわいこちゃんであると決めてしまってはいるが。
透けて背後の十二色の靄が見えるほどの氷山のごときものに浮かぶようにして眠る母は。
父と異世界を回っている身分け、『おぷしょん』などと呼ばれていた少女ともほぼほぼ変わらないように見える。
幼くも滲み出る美しさ。
何か楽しい夢でも見ているのか、穏やかな笑みを浮かべて眠っているように見えるさまは。
とても話しに聞いていたような人柱だとか生贄のようには見えない。
神聖なる、世界の中枢とも言われる重要な場所で。
生身であれば来ることすらまず難しいと、そもそも男子禁制だからけっしていたずら心灯して向かったりするんじゃないぞと。
珍しくも父に口を酸っぱくして言われ続けていたが。
この子にしてこの親ありというか。
愛の怪人などと名乗っていたらしい父が母のような無垢なる存在が好みで、それを息子に知られたくなかったから、なんてさもない真実が再燃してくる。
その辺りに触れんとすると、『今のオレはおぷしょんだから! だからちっちゃくて幼いんだからなっ』だなんて。
母がちっとも怖くもなんともない、まったくもって似合わない蓮っ葉なセリフでツッコまれるのが、それこそ息子から見ても可愛いに過ぎて。
やっぱり単純に、マーズが今の今までここへ来る機会がなかったのは。
複雑な意味合いなどなくて、両親ともどもが世界の至宝とも言うべき少女の真実を息子に知られたくなかったのだろう、なんて結論に達して。
(オヤジたちがいなくとも、ここに来れば何か分かるかも、なんて思ってたが……)
よくよく、まじまじと眠り続けている母を見ていると下手すりゃマニカより幼いんじゃぁ……ではなく。
都合よく新たな分け身が生まれるような気配は微塵もなく、よほど楽しい夢を見ているのか、【念話】などでのやりとりも叶いそうにない。
やはり彼女の魂とも言えるものは、今も父のそばにあるのだろう。
よって、当初のマニカを自らから解き放つための良い方法は分からずじまいであったが。
そもそもが、マニカを外へ出してしまうのは、いかがなものかとマーズは思い始めていた。
(だって、なぁ。今は俺が隠れ蓑になってるからいいものの、もし彼女が独り立ちするようなことになったら、せっかく狭い世界から解放されたと思ったのに、すぐにここに縛られるかもしれねぇってことだろ? ……これは、ちょっと一旦持ち帰ってもう一度マニカと話し合う必要、ありそうだな)
もしかしたら、今の今までマーズにすらその存在を悟らせずにいたのは。
間違いなくこの場の守護者たる資格のあるであろうマニカ自身が、ある程度事情を知っていたからなのかもしれなくて。
この背負わされた一族の宿命に、母も随分と悩まされたらしいから。
マニカがマーズの内にいて、夜の一時以外は表に出ないことも、母自身も承知の上なのかもしれない。
思っていたのと状況は変わってしまいそうであったが。
これはこれで、一定の成果を得られたとも言えて。
「……ならば、ふむ。ここいらへ来たもう一つの目的を果たそうとしようか」
マーズは、久方ぶりの声を出してそう呟きつつ(漆黒に過ぎる靄が揺らめいただけ)。
そこで初めて中空……天井の見えない空を見上げる。
眼下の十二色の海の奈落。
その先には、数多の異世界への道があるとのことだが。
中空の、しっかり輪郭を保っている赤茶けた壁には、よく目を凝らすといくつもの小さな穴が空いている。
人が通り抜けられる大きさのものではなく、空気孔の役割を担っていて。
「……来るっ」
空気の通り道であるからして。
地上に繋がっているだろうそれは、人ならざる者……肉体に縛られぬことのない、魔精霊が行き交うものでもあった。
その、無数ある孔の一つから、何者かがまろび転がってくる気配。
マーズの『護らねばレーダー』もビンビンと働いている。
マーズは咄嗟に位置取りを調整し、件の相手が落っこちてきても抱きとめ受け止めるから大丈夫な場所へと陣取って……。
(第57話につづく)
次回は、11月6日更新予定です。