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第54話、思えばはぐれたことなんてなかったけど、経験はまぁまぁ豊富です




スイ・フェアブリッズ。

彼女は、アオイ・フェアブリッズを姉に持つ、ユーライジアスクールの現理事長のひとりである。


理事長の任につくようになって早数年、初代理事長の功績と、当時の『ステューデンツ』と呼ばれる世界の英雄たちの活躍もあって。

特にこれといって何事も起こることなく、実に平和な時を過ごしていた。




その、ある意味退屈とも言えなくもないそんな日々に変化が生じたのはいつの頃であっただろう。



『こんなのんびりとした時間はいつまでも続かないから。だから今のうちに長の仕事も引き継ぎたかったんじゃん?』



物語は、世界はいつまでたっても停滞していることなどない。

心配しなくても、物語の中心となる主人公が現れて、スイとアオイの日常をかき乱してくるだろうとは、前代の理事長の弁である。

であるのならば、英雄の子供たちが入学してきている今こそが、その転換期なのだろう。




歴代最強と謳われた英雄そろい踏みの世代に、よってたかって師事を受けたという少年。

姉妹校、ラルシータの秘蔵っ子にして古くは【アーヴァイン】の根源の血筋だとも言われている少女。

その身に災厄を棲まわせる、ユーライジアスクール四王家筆頭にして、前理事長の娘。

万魔の王の一つ種にして、幽玄なるサントスールの呪いにも似た責を負う姫。

人ならざるもの、【ヴルック】の魔精霊から生まれた奇跡の少女。

魔精霊……世界の命そのもととなる輝石をその身に秘めしもの。

かつては相反し袖振ることなかった、【セザール】と【エクゼリオ】の結晶とも言える一匹の獣。


物語の主人公足り得る将来有望な生徒たちの名を上げればキリがないが。

実際、前理事長が口にしたように、そんな彼彼女らを狙って、あるいは悪『役』としていらぬ恨みをかって。

まさしく物語を始めようとでも言わんばかりに。

不穏で不躾なモノたちが暗躍せんとし始めているのも事実であった。




始まりとなる事件は、当然理事長であるスイのもとにも上がっている。

一節には、海を挟んだラルシータスクールのある別大陸にまで続いていると言われている、ユーライジアの地下ダンジョン。


その全容は未だ詳らかにはなっていないとはいえ、魔人族に成り代わり、今や悪の代名詞とされるアクマたちが潜んでいたこともそうだが。

普段課外授業で使われることもある低階層に、隠されていたとはいえ、彼らを世に具現化させるための魔法陣があったことも解せなかった。



それまでだって、スクールの教師や冒険者ギルドに所属するものたちが足繁く通っていた場所であるのに。

まるで物語の始まりを告げるかのように、急に顕になった魔法陣。

どうやらそれはダンジョンの遺物、トラップの一種で。

ダンジョンを創り出したであろう【ヴルック】の魔精霊による試練に近いものだったそうだが。


それらの報告を受けた時には、すべてが終わっていたどころか、その魔法陣すらも証拠隠滅するかのごとく破壊しつくされていたらしい。


その下手人は、試験準備のためにダンジョン探索に帯同していた教師によると、赤オニ(クリムゾン・オーガ)もかくやな体躯をもった魔人族だった、とのこと。

実のところ古き良きイメージはともかくとして、実際の魔神族とは芸事に尊び、魔性楽器なるマジックアイテムを操る華奢で雅な存在が多数であって。



その時点で誰がやらかしたのかはバレバレというか。

きっと本人に聞けば。


『俺のかわいこちゃんたちが少しでも危ない目に遭わないように、ちょびっとでも危険物だと判断すればすべからく抹消する!』、などとツッコまれ……言われることだろう。



物語……いや、何か取り返しのないことが起きる前に、念の為に一応、くらいの空気感で潰されるのは。

上位の存在の真意はともかく、スイとしては感謝しかなかったが。

スクールの長としてはあまり働きがい、機会がないのは確かで。


のんびり平和なのは好きだけど、退屈なのはきっと姉のアオイ以上に我慢ならないスイは。

赤オニかぶれの名前負け男の『護らせろ』対象に自身ですらも入っていることにも気づかず、普段の仕事を姉に任せて外に出る。



姉であるアオイには、たまにはわたしも休みたい、などと言って出てきたが。

実際のところ、何もなく何事か面倒事をわざわざ探し出すために出てくるほど、厄介事を求めていたわけではなかった。

ダンジョンの一件が起きたのとほぼ同時期に、ある懸念事項がスイのもとに上がってきたからこその此度の外出である。



今でこそ、スクールの長としてスイとアオイの存在を知らぬ者はそうそういないであろうが。

そもそも、『フェアブリッズ』なる【ウルガヴ】の魔精霊は、他の存在の糧となれば著しい成長を促すであろう、いわゆる莫大な経験値をその身に秘めた希少種とされ、生まれ落ちたその瞬間からその命狙われ続けていたのだ。

ただのスライムとして擬態し、万魔の王の庇護下にいなかったのならば。

きっと今、スイもアオイもここにはいなかっただろう。



それもこれも、今や昔だと思っていたが。

だがしかし、冒険者ギルドにて、『希少種フェアブリッズ』の捕獲依頼が入ったと告げられて。

当然ギルド側はその依頼を請けて張り出すことはなかったが、当の本人であるスイとしては気になったのだ。


スイ自身は、あまり外に出ることはなかったが。

アオイの方が日がなスクール下町を練り歩いていたから。

不穏で不躾でよろしくない相手に付け狙われていやしないかと。



けっして、姉の身代わりになろうだなんて気概はなかったが。

それ故の珍しい行動が、まさかこんなことになるだなんて。

美味しそうな香り漂わせる下町の出店界隈を練り歩くスイは未だ、気づきようもないのであった……。




    (第55話につづく)









次回は、10月27日更新予定です。

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