第53話、これから起こるかもしれない不穏が、ここにはないツッコミの嵐で消えていく
Girls Side
「姫様ぁぁぁっ」
「はぅっ、ぶげらっ!?」
白魚のごとくの瑞々しい二の腕に引っ張り上げられたかと思ったら。
毒スライムさんの棲み家に突っ込まんとしていたところを助けてくれた恩人の顔を見るよりも早く。
彼女……ミィカにしては相当にテンションの上がった様子で、そんなハナを横からかっさらっていって。
そのまま、数時間にも満たなかったであろう、共にいなかった時間を埋めるようにしてぎゅうぎゅう抱きしめられて。
またしても幽玄なる国の姫には似つかわしくないしめられたような声を上げてしまう。
「もおぅっ! ミィカってば! 一体なんなのだぁっ」
「姫様が悪いんですからねっ、私に何も言わず勝手にひとりで先走るんですから、けがらわしいっ」
「むぐぉぅっ、みぃかぁ、らんぼーっ」
ここにマーズがいたのならばいろいろツッコミどころ満載であったであろう二人のやりとり。
ようやっと少しばかり強烈に過ぎるハグから開放されたかと思ったら。
侍女としていつでも準備万端らしくどこからともなく手ごわい汚れ某を落とすであろうタオルを取り出して。
一瞬でも目を離してしまったこと、自らから離れてしまったことに対し自分に怒り、ハナ対しては拗ねた様子でかなり強めにハナの顔をごしごしする。
「うぶふっ、何だか久しぶりだなぁ。こんなの。ちょっと前までは外に出てはミィカにお世話、されてたっけ」
「もう。また随分とおイタをされたようですね。私がいない間に面白体験……『厄呪』を楽しんだようで」
「楽しんでは……いたのかなぁ、どうだろう」
幽玄の国サントスールにて生まれた姫が代々背負ってきた宿命とも言えるもの。
元よりそれを受け入れ止める下地があったからなのか。
ミィカのような『厄呪』を身を持って抑えるものがいなければすぐさまありとあらゆる不幸がハナとハナの周りに襲いかかってくるが。
周りはともかく、ハナはそれに結構慣れきっていて。
まるで創作喜劇の住人のごとく。
あるいは、先程のスライムさんみたいに粘性をもってありとあらゆるついてない自分を無効化するから。
正直久しぶりな感覚に、懐かしさとともにミィカの激しいスキンシップもセットでたまには、ありかな、なんて思っていたのは事実で。
「姫様ひとり……いえ、私とともにならば良いのです。ですが周りの方はそうもいきませんでしょう?」
「あー、うん。そうだった。なるべくミィカから離れないように気をつけるよ」
「なるべくでは困りますね。私は今現在姫様の面白でくって……生きているようなものなのですから」
姫様の近くにいれば、きっと間違いなく面白いことが起きまくって楽しい。
そんな、冗談なのか本気なのかもつかない謳い文句で。
それまで両親以外にハナに近づけるものがいなかったせいで空いていた侍女のポジジョンに落ち着いた、ユーライジア四王家の一つである、『エクゼリオ』家の長女、ミィカ。
そんな二人のやりとりは、二人にしか分からない謎めいたもので。
なんだかんだで二人の間に入るのはむつかしそうですね、兄様。
なんて思いつつ、リアータとともにハナを追ってミィカの後をついてきたマニカは。
滑り台から落っこちてきたハナを咄嗟に受け止めようとして半欠け状態になって一時的にせよ元の体を維持できず『獣型』にまで落とされようとも。
ハナのあまりの不幸っぷりに、『獣型』から無理矢理にでも復帰しつつ助け出したのに、ミィカに邪険に扱われても。
大人の余裕で何やらリアータと話し込んでいる、現ユーライジアスクール理事長の一翼である(それもこれもマニカとしては後々に知ったことだが)、アオイ・フェアブリッズへと歩み寄る。
「スイ理事長の様子がおかしい? 姿が見えないと聞いていましたが、何かあったんですか?」
「……うん、最初は気付けなかったんだけど。よくよく考えてみたらおかしいんだょね。スイちゃんお仕事大好きでさぁ、あたしがお休みほしいっていったら直ぐに変わってくれるのに、今日に限って理事長棟から出ないでって、わたしだってたまにはお休み取ってスクール下町でスイーツ食べ歩きしたいってきかなかったんだ。あたしが普段からお休みの時にやってたことだし、そりゃそうだょね双子だしって最初は思ってたんだけど」
「よく考えたらスイ理事長はそんなタイプじゃない、と」
「まぁそだね。あたしと同じでプルプルなスイーツは好きだけど、スイちゃんは食べ歩き派っていうょり配達派だし。そもそも、双子なあたしには分かるのょ。スイちゃんが今、スクール下町……厳密に言えばこの世界にもいないってこと……って、えええぇぇっ!?」
おや、スイーツですか。
今の今まで表に出られるのは、夜も更けその系統のお店が閉まった後だったから。
兄様は本当は甘いもの大好きだけど、見た目にそぐわないなんて言って近づいてもくれなかったから、実は非常に気になっていたのだ。
故に吸い寄せられるように、二人の間にマニカがひょっこり顔を出すと。
まるで幽鬼なる存在が、そのこの世界から外れた場所から飛び出してきたかのようなリアクションをしてくるアオイ理事長。
「どどっ、どうしてあなたが? 表に出てきて、だいじょうぶなんですかっ!?」
「大丈夫と言われれば兄様に許可は頂いていますが。あ、そうでした。そもそもスクールの見学許可を得るためにここへ来たんでした。私はマニカ・カムラルと申します」
「え? ……あ。そか、そんなわけないょねぇ。うんうん、お兄ちゃんから話はきいてるょ」
さっきから会話が微妙にずれて噛み合っていなくて。
それこそ、ここにマーズがいれば弾丸ツッコミの嵐だっただろうが。
「なにぃっ、ぷるぷるのすいーつだとぉ! どこ、どこだぁっ」
「ふむ、控えめに言って私も結構気になりますね」
そこに、わちゃいちゃしていたハナとミィカも加わって。
その場は大いにズレたまま、一層姦しく騒がしくなっていく……。
SIDEOUT
(第54話につづく)
次回は10月22日更新予定です。