第52話、常に狙われる立場であったから警戒していたのに、あまりに姫様だったから
Girls Side
王室御用達な緊急脱出用の滑り台にて物の見事に落下していったからなのか。
てっぺんに理事長室のある校舎棟ぶんの階層を通り越してさらにその地下まで落ちていってしまったらしい。
ユーライジアなる大陸の六分の一を占めるとも言われるこのスクールの地下にその敷地の広さも越えようという地下……ダンジョンがあるらしいことは、ムロガによるこちらに来てからの初めての呼び出しの時に体験していたハナであったが。
海色スライムが時折振り向きつつも迷いなくどこかへ向かっている今この場所も、どうやら繋がった同じ所であるようで。
「ええと、『げっと』するのにはバトルしなくちゃいけないんだったか。魔精球をぶつけてしまえば済みそうにも思えるが……って、逃げの一手なのっ? まてえぇぃっ」
「……あおっ」
きょろきょろと場所の確認をしつつ登校用のバッグから魔精球を取り出し、やさしいスライムさんならば戦わずとも共にあってくれるだろうと振りかぶるも。
一定の距離を進みつつわざわざハナの方を振り向いて付いてこいと、気にした仕草をしているわけだから無視してるわけではないのだろうが。
万歳するみたいに何故だか両手をあげたハナを少しばかり見つめただけで、先を急ぐぞとばかりに一声鳴いてぽむぽむと先へ先へと行ってしまう。
これじゃぁ投げても届かないし当たらないだろう。
それ以前の問題であることを指摘してくれるミィカいない事実、その意味も忘れてハナは慌てて海色スライムの後を追う。
するとどうだろう。
賑やかしなミィカがいなくて寂しいじゃぁないかと気づかされるよりも早く、ハナはそれは見事にダンジョンの道や壁に埋め込まれた罠を発動させるではないか。
「ごぅっ、わわわぁっ!?」
幸いなのは、王族がよく扱うかもしれない抜け道であったからして、発動させたら最後致死を狙うものでなかったことだろうか。
それでもハナは、いきなり横合いから飛び出してきた丸太棒の横っ腹を貫手されて姫さまらしからぬ声上げて吹っ飛んでいく。
「ぎょわっ、ちっ、ちべたいぃぃ!?」
そのままコロコロ転がって壁に激突。
見事にあからさまに出っ張っていたスイッチを押し込み、天井からのつらら攻撃に襲われる。
おおきに過ぎるあたまがぐんにゃり凹むのを、いやいやするみたいに振り払いなんとか立ち上がろうと手をついて。
「わぶっ、おちおちるぅぅぅっ!」
見事にぱかっと大地が口を開けそれほど遠くないどん詰まりには、待望のスライムの群れ……ただし毒スライムがうぞうぞしているのが見えて。
「ふんぐうぅぅっ! どくスライムもありっちゃぁありだけど、今はお呼びじゃないのだぁっ! あ、そだ。契約したモンスターにたすけったぶっ、ああああぁぁぁっ!?」
身体の柔らかさと顔の大きさが取り柄のハナはめいっぱい全身を伸ばすことで壁にもっふもふな髪を引っかからせることに成功した……かと思いきや。
バイやルーミを喚んで助けてもらおうと空いた手をごそごそバッグに忍ばせたまではよかったのに、何故か手のひらがぬちょっていて面白いくらいに手を滑らせ、そのままの勢いを持ってバッグはハナの肩周りを一周し飛び出てひとり、空へと飛んでいってしまう。
この僅かな間でのそうそうないであろう、ついてない展開。
だけどハナがその時思ったのは、懐かしいなぁ、この感覚、であった。
ミィカが側付き、侍女のようなメイドのような? ハナを揶揄いいじり倒す仕事についてからというもの、
男子に意地悪されるくらいでぱったりと鳴りを潜めていたハナの体質。
『厄呪』などと呼ばれるそれは、サントスールに生まれた姫君を、代々に渡って悩ませてきたもので。
「……まぁ、いいか。どくスライムさんでも。いや、かえってどくスライムさんの方が仲間的に有用なのではあるまいか」
ハナはどうしようもない久方ぶりを味わいつつ、そんなことを嘯きうぞうぞしてる彼らの住処へと突貫せんとする。
そんな早い諦めは、ミィカがやってくるまで不意にハナに訪れるトラブルに慣れきっていて、これくらいならぬちょまみれになるだけで特に問題ないと思っていたからだが。
「何言っちゃってんの! 諦めるの早すぎるょ! ってかあたしってば超絶希少で高位で『神型』のスライムなんだかんねっ!!」
うぞうそ、有象無象のどくスライムなんかよりはお得感満載ですょと。
そんな、ついさっきどこかで聞いたような声とともに、白魚の如きほっそりとした腕が伸びてくるのが分かって。
ハナは地獄に仏、蜘蛛の糸とばかりに。
その何だかスライムみたいに柔らかい手のひらを掴むのであった……。
(第53話につづく)
次回は、10月17日更新予定です。