第50話、エピソード2、『抜け出たさきには、一ひきめのスライム』
SIDE:マーズ
リアータやムロガにその度口酸っぱくマーズ的にはツッコまれていた、マーズにとってのきょうだい、『もう一人の自分』がいる可能性。
父方の血、『レスト族』と呼ばれるその一族は、代々一つの身体に複数の魂を、人格を棲まわせており、かつての……戦火が続いていた頃は、状況に応じて魂を入れ替え、今の今まで生き残ってきたと言われていた。
ただ、マーズは平和な時代となった今、入れ替えのきっかけとなり『分離』の一助となる生命の危機に陥ったことなど、優劣で苛烈にすぎる師匠様方のおかげさまで遭ったこともなく。
人によっては念話のごとく対話も可能らしい、なんて事を聞いていたのに。
今日の今日までそんな機会に恵まれなかったマーズには、それはないと父に言われてはいても、そんな魂の片割れはいないのだと思い込んでいたのだ。
何せマーズの見た目は赤オニ……まさに魔人族。
典型的なものとしてイメージされている立ち振る舞いであったから。
こんなくどくて暑苦しい肉体に、棲むのは自分一人で十分だ、なんてセルフツッコミをしていたくらいで。
そう言った意味では、視野が狭くなっていたのは確かだったのだろう。
リアータやムロガたちの方が、よっぽどレスト族というものに明るい、詳しかったのだと言えて。
肉体を複数の魂が共有する、だなんてのもある意味で言葉の綾で。
レスト族の先輩である父は確かに自分以外に二人妹がいて。
彼女たちに『変わる』時は、【風】の双姫と呼ばれた彼女らに相応しい姿形をとる、とのことで。
マーズ自身は、そんな父に似ているなどとは微塵もないと思っているが。
それでも自分と同じガタイと顔を装備して表に出てきてしまったらどうしようと。
意識して考えないようにしていた『妹』……マニカは蓋を開けてれば実際のところ、母親似であった。
すれ違ったものの十人中十二人が振り向き、二度見三度見するなどと嘯かれる絶世の美少女。
加えて母は、どうしようもなさの極地をいっている父のことも含めて苦労の多かったことでその紅髄玉の瞳にすら凄絶さを棲まわせていたが。
そんなつもりはなかったとはいえ、一度も表に出ることなくずっとマーズに護られてきたからこそ、純粋の塊……荒波に揉まれず、擦れていない、マーズにとっての大事で大切なお姫様がそこにいて。
そんなことを言いつつも夢うつつで夜遊びをしていたおてんばであったようだけれど。
彼女が更に我が儘を、お日様のもと、自分の足で出たいと言うのならば。
一にも二にも了承せざるを得ないマーズである。
更に彼女が望むのであれば、自らの中にいつまでも閉じ込めてなどいないで、自由にしてもらう必要があるだろう。
それこそが、レスト族の『分離』と呼ばれるもの。
しかしそれは、ただただ危機に陥ればいいというものではなく。
何やらいくつも特別厳しい条件があるらしい。
あの、基本何を考えているのか分からない父が、珍しくも何だかしんどそうにしていたのを思い出す。
まぁ、規格外に過ぎるのが服を着て歩いている父ならば、それすらもマーズが理解し得ないようなブラフの可能性も否定できなかったが。
とにもかくにも、マーズはちょうど手が……いや、魂が空いたことであるし、その辺りのことを母に聞いてみよう、なんて考えに至ったわけなのである。
(ちなみに母に会いに、なのは。色々な世界に偏在していると言ってもいい父であるからして、母のもとへ向かえば、そんな父も暇ならば近くにいるだろうとマーズは考えていて)
そんな母が今この世界においておわす場所。
生と死の世界の狭間とも呼べる場所。
世界の中枢、などとも呼ばれていて。
このユーライジアなる世界を維持するためにと、生と死に分たれた世界を行き来する根源魔精霊たちの通り道でもある。
母は言わば、その場所の守り手、門番のような存在で……。
「いや、そんなもんじゃねぇか」
マーズは苦みばしった笑みをこぼしつつ。
幽鬼なる存在なままふわふわと、目的の場所……まずはスクール裏山にある、【風】の廃教会と呼ばれる場所へと向かった。
スクール裏山は、文字通り広大なユーライジアスクールの背に聳える山である。
かつて別の名があった頃には、母方(父方の間違いじゃないのかといつもツッコミを入れている)の祖先とも言われている赤オニ……じゃなく、魔人族が暮らしていた場所で。
そこに一つだけあるという【風】の教会は、廃とつくだけあって、外観は打ち捨てられたかのごとくであるが。
【風】を冠する教会なだけあって、そう繕っているだけでマーズを含めた限られたものしか知りえない、世界の中枢へと向かうことのできる場所でもあって。
(これは、丁度いい機会だったってことだよな)
世界の中枢、元よりそこは生身で向かうこと難き場所で。
肉体をマニカに預け、抜け出したマーズは現在、魂だけの状態である。
言い換えれば、それは純粋なる魔力の塊と言ってもいいだろう。
魔精霊に類するものや、カムラルの一族……マニカや母ならばはっきりと見えるであろうそれ。
しかし、マーズは自分自身の魂の色、魔力を見たことなどなかったから。
普通に両親の魔力を受け継いで、【風】と【火】と【闇】が混じりあった感じなのだろうと。
勝手に判断してはいたが。
(ううむ、人っ子一人、魔精霊も魔物も全くいないとは。好都合っちゃ好都合なんだがな)
誰かに見咎められることもなく、いたずらに魔物たちに進行を阻まれることもない。
こういう日もあるのか、ラッキー程度の心持ちでマーズは気づかない。
この世の終わりのような昏い太陽のごとき魔力の塊が。
世界を牛耳らんと世界の中心へ侵攻を開始したかのような絵面である、なんてことを……。
SIDEOUT
(第51話につづく)
次回は、10月7日更新予定です。