第5話、出会うヒロインはみんながみんなお姫様だって、誇張表現でもなんでもなく
二年連続破茶滅茶な朝集会が終わって。
いつもよりも早く感じた放課後。
引き続き、風紀委員としての面倒くさい仕事である。
興味がなくはなさそうだったのでミエルフとオクレイを巻き込むつもりだったのだが、薄情な悪友二人は既にその場になく。
あんなに転入生の事を知りたがっていたウィーカの姿までなかった。
まぁ彼女の場合、本来の主人(女の子)の元へ帰っているのだろうが。
「……」
「ん?」
そこで、無言のままマーズを見ている、このクラスにおけるウィーカのお守り役、リアータと目があった。
「おお、リアータはもう帰るのか?」
「そのつもり、だけど」
「何か用が?」
「そう言うわけじゃないけど」
実の所、リアータ自身も姉妹校ラルシータ出身の姫なわけで。
お付き、護衛のものもこっそりどこぞにいるらしく、見た目や雰囲気以前に、こうやって気軽に話せる者は少なかった。
ただ、一年前にやってきたばかりで風紀委員を押し付けられているマーズにしてみれば。
小さくて可愛いものに目がないといった点でも趣味の合う、海色髪の綺麗な好みのタイプの一人でしかない。
むしろ、用がなくても話しかけたいのが本音である。
「暇なら転入生の学校案内に付き合ってくんね? ほら、女子しか入れない場所とかあるだろう?」
とは言え、マーズ自身名前負けと呼ばれるくらい厳つく近寄りがたいのを十分自覚していたので。
結局は何かしら用事がなければ話せないわけなのだが。
「……」
「あ、いや。無理にとは言わねーけどさ」
僅かに翠がかった青色の瞳でじっと見つめられるとどうにも落ち着かない。
基本あまり表情が変わらないので心中を慮るのもなかなか難しく。
そんなん続けられると惚れてまうやろうと内心でツッコミつつ言い訳めいた事を口にしていると。
「ええ、構わないわ。私も会って話をしたいと思っていたし」
何やら、興味を引く事があったらしい。
帰りの支度を済ませ、立ち上がるリアータに。
「よし、それじゃ行きますか」
そっけないふりをして、マーズは一足先にと、教室を出るのだった。
内心では、上手く誘えた事に小躍りしながら。
放課後、待ち合わせの場所は、分かりやすく最初に会った屋上。
内容のない雑談をしつつ連れ立って鉄扉を開けると、既にハナもミィカも準備万端な様子でそこにいた。
「おいおい、早いな二人とも。初日だろ。クラスの奴らと積もる話もあったろーに」
成り行きで先に約束していたが、転入生なのだから普通学校案内なんてクラスの人達がやって然るべきなのだ。
その流れで放課後町に繰り出そう、という展開になってもおかしくない。
マーズとしては、そんな展開も十分にあるだろうと考えていたわけだが。
「何を言うのかと思えば。約束をしたのにそれを安易に反故にする女だと思われていとは、心外ですね」
「あー。そう言うつもりで言ったわけじゃないんだが……すまなかった」
言葉通り心外だと言わんばかりにミィカの声色が冷たかったので、少し言い訳をしつつも素直に謝るマーズ。
すると、まさかすぐに頭を下げられると思っていなかったのか、浮かべていた笑みを潜め、うっと言葉を失って。
「むぅっ……わ、私はそんな安い女じゃありませんから。簡単に頭を下げると思ったら大間違いです」
マーズに対して謝るような事があったとしても。
なんて事をミィカは主張したかったのだろうが。
そうなのかと首を傾げるマーズは、何故ミィカが頭を下げねばならぬのか、なんて思っていたくらいで。
それより何より、相対した瞬間ずっと見つめ……あるいは睨み合っていたハナとリアータが気になっていた。
とは言っても、ハナの方は英雄や憧れの人物に会ったみたいに桃色の瞳をきらきらさせていたし、どこかむすっとしているリアータは、ハナだけでなくミィカにも目を向けていて。
一触即発……にはならないだろうとマーズが思っていると、先手を取ったのはミィカだった。
「きっ、きみはリアータ・セザールちゃんだな! えらいぞマーズっ! カムラルの姫を嫁にしたらその次は『月水の魔女』って決めてたのだっ」
「……きゃっ」
止める暇もあらばこそ。
たたっと近寄ってきてリアータに飛びつくハナ。
頭一つ分の差あれど、いきなりだった事もあり、そのまま倒れそうになる二人を伸ばした腕で支えたマーズは。
びっくりして固まったままでいるリアータから、ハナの両頬に手をやり持ち上げるようにしてひっぺがす。
「うゃ、何をするっ、も、もげる~」
「その誰彼構わず突っ込むのどうにかしろ。それに彼女は学校案内の手伝いに来てくれただけだ」
そして、言う事だけ言って触り心地のいい頬をあえてムニムニと堪能した後、名残惜しくもその手を離す。
ハナはうーうー言って首をさすりつつマーズを威嚇していたが。
初対面の相手に礼を失している事に気づいたのか、素直に「ごめんなさい」と頭を下げる。
そのまま改めてミィカともども自己紹介。
表情こそあまり変わらなかったが、リアータも毒気を抜かれたのかお互いの紹介は思ったよりスムーズに事が進んで。
「……で、まずは何処に行きたい? 気になる所があれば案内するけど」
女の子同士だったから傍で見ていたマーズの役得で済んだが。
あんな発言をしておいていきなり抱きついたりなんかしたら男なら一巻の終わりだっただろう。
その時マーズが思い出したのは、ハナの父にあたる人物が女性と見まごうばかりの絶世の美男子であったことで。
(まさかハナ、実は男だったりしないよな……?)
ハーレム発言云々もそうだが、出会った時の接触で違うと分かっていてもマーズ自身の両親の例もある。
まさか、確認するわけにもいかないしな、なんて思いつつも話題を変える意味でそう言うも、当のハナはどこ吹く風で。
「うん。まずは町を案内してほしい。カムラルの姫、マーズ・カムラルに会わねばな」
目の前の現実を認めたくないのか、まだ何か勘違いしているのか。
話題を逸らした甲斐のない、そんな言葉が返ってきたから。
瞬間、リアータの無表情ツリ目が一層強くなったのがどうにも気にはなってしまって……。
(第6話につづく)
第6話はまたあした、更新いたします。