第49話、ひゃっこい風に誘われて、姫様すってんころりん
Girls SIDE
【水】属性の魔法を得意とする、その根源と同じ苗字を持っている。
それすなわち、その同名の根源に愛されている……と判断されるわけだが。
行方不明な片割れの理事長と、その属性が被るというだけで皆の注目がリアータに集まって。
「え? 私? ええと、うん。確かに同じ【水】のものとしてユーライジアスクールへ来る前から理事長様たちとは親交があって、お会いしたこともあるけれど、お二人ってほら、髪の色をのぞけばほんとによく似ているでしょう? ここへ留学のためにやって来た時は、スイ理事長だったと思うのだけど、二人で一人だから半分ずつ、交代交代休みながらやってるって、冗談交じりにおっしゃってはいたわね」
「あぁ、言われてみれば。アオイ……理事長も私たちの時もそんなこと言ってましたか」
「りじちょう、ふたりいるのか? 一人目はりんをつけて、二人目はきちとかつけるのかな。是非とも『セット』でわがは~れむの一員に加わってもらいたいものよむにぃっ」
それなら二倍でおいしいのだ、なんて。
自分で言っていてよく分かっていないだろうハナのもちもちほっぺをむにむにしつつ。
そうであるのなら、これといって心配する必要はないのかと。
全く私らしくないですね、なんてミィカが内心でひとりごちている間にも、細かいことは身も蓋もなく本人に聞けばいいとでも言わんばかりに、理事長室と書かれた場所へと辿り着く。
「失礼いたします」
そう言えば、元々はマーズから『変わった』マニカの登校、あわよくば体験学習ができるかどうか許可を取りに来たのだったと。
ハナたちが思い出した頃には、そんなハナたちのやりとりを微笑ましげに眺めていたマニカが、先頭に立ってノックし、観音開きになっている理事長室の扉を開け放つ。
本来なら、在室を示す「どうぞ」の声があってから入室するべきだったのに。
そんなマナーを知らないはずがないマニカがそうしたのは、部屋の中に人の気配……リアータが言うところの、【水】の魔力が感じられなかったからで。
鍵がかかっていたのならば、今日マニカがここへ来るなどと連絡していたわけでもなし、不在であるから、また時間を改めよう、で済んだのに。
なんの抵抗もなく開かれる扉。
目前に広がるは、背丈がミィカほどしかないらしい現理事長が座るには大きにすぎる……背もたれが異様に長い椅子。
雑多に積まれた紙資料に羽ペンとインク。
水差しにまだ微かに湯気の残るコーヒーカップ。
それらの背後に広がる、実にらしい本の並ぶ、天井まで続く棚。
「空いて、ましたね。席を外されてそれほど経ってはいないように見えますが」
「何か急用ですかね。まったく、無用心な」
「え? でも待って。この理事長室のある棟ってほぼほぼ螺旋階段な一本道じゃなかった? どこかでお会いしてもおかしくなさそうだけれど」
何気なく呟いたリアータの言葉に、思わず押し黙る一同。
さっきまで杞憂だと思っていた、ミィカにとっていつも近くに在る、嫌な予感。
まさか、理事長姉妹の身に何かあったのかと。
自分が離れていれば大丈夫ではなかったのかと。
逆にこうして戻ってきてしまったから、もしかしてと。
よろしくない妄想に、ミィカが身を震わせていると。
側にいるだけでいつだってそんな不安を吸い取るかのように解消してくれているハナが。
耳と鼻をぴくぴくさせて何かに気づき、見つけたかのように。
深刻になりかけた空気を打ち破るようにして、小動物(頭でっかちな)的動きで大きな机の方へと近づいていく。
「姫様?」
「すんすん。なんだろう。ひゃっこいのがこっちから……」
ハナは、そんなことを呟きつつその雑多に積まれた机を大回りして、椅子の裏の方へと向かっていく。
あまりに高すぎる背もたれのせいか、椅子と重なることでハナの姿はきっかりしっかり見えなくなってしまって。
「おおぅ。これはぁっ。すごいぞっ……!」
何だかとても楽しいものを見つけたかのようなハナの叫び声。
しかし、すごいぞぉがエコーしたかと思うと、それ以降うんともすんとも言わなくなってしまって。
「姫様?」
ミィカが呼びかけるも返事はなく。
常に一緒にいることで周りに影響を及ぼす魔力をいたずらに発散することがないようにしていたミィカにしてみれば。
そんなハナの返事を待つまでもなく、彼女が刹那の瞬間にその場からいなくなってしまっただろうことは一目瞭然で。
「姫様っ!」
急に焦った声を出すミィカに、マニカとリアータは顔を見合わせて背の高い椅子の後ろに駆け出していくミィカの後を追ったが。
「……いない?」
「これは……」
そこには、ズラリと並ぶ本と棚があるばかりで。
ハナどころか埃ひとつ落ちていなかった。
まるで初めから、ハナがそこにはいなかったかのように……。
SIDEOUT
(第50話につづく)
次回は、10月3日更新予定です。