第47話、過保護も変態もきゃつにとってみれば褒め言葉
Girls SIDE
「すごいなー、マーズは。マーズがクラスもいっしょだったらなぁ」
「あ、そういえばクラスは別なんですよね。兄様も残念がってましたよ」
いつものようにからかわれるのかと思ったら。
魔力の残滓だけで蜘蛛の子散らすみたいに胡乱な野郎どもが退散していったから。
思わずハナはそんなことを呟いていたわけだが。
過保護で変態なマーズがいれば、クラスでからかわれる事もないのかと。
ハナだけでなくミィカですら、どうして同じクラスじゃなかったのか、全く使えない下僕ですね、なんて思っていると。
そんなマーズの威圧などお構いなしどころか、そのせいでハナたちがそこにいることに気づけたらしいリアータが、ハナたちに向かって駆け寄ってくるのが分かる。
「おはよう、ハナさん。ミィカさんも。今、マーズがここに……って! きゃっ」
少し息を切らせつつも、律儀に挨拶をするリアータ。
しかし、ハナとミィカのもとに必ずマーズの影ありと思い込んでいたからなのか、威嚇のための魔力を感じ取ってマーズがそこにいることを確信していたからなのか。
すぐ目前に十人中十二人が振り返って二度見すると謳われた、伝説の救世主の血を色濃く受け継いだ(ちなみにマーズは、母親は当然のこと、父親にも全くもって似ていないのである)、絶対無二の美少女の存在に遅ればせながら気づき、軽く悲鳴を上げて仰け反っていて。
「……って、あら? あなた、もしかしなくてもナイトさん?」
「はい。まさか幾度となく夜に会っていたリアータさんとこうしておはようございますと言い合えるだなんて、思ってもみなかったです。あ、陽の当たる時分の際には、私のことはマニカ、と呼んでいただけるとうれしいです」
「あ、うん。改めておはようございます、マニカさん」
相変わらずの『夜を駆けるもの』の時とギャップの激しいマニカの笑みに、氷月やら鉄仮面やら言われていたリアータもたじたじで。
そんなリアータの動揺に気づいているのかいないのか。
お日様が出ている時、仮面をつけていない時は愛しの兄様につけてもらったその名前で呼んで欲しいと望むマニカに、ただただ頷くしかなくて。
そのままの流れで、リアータもハナたちについて理事長室へ向かうこととなって。
「だけど……うん。本当に『夜を駆けるもの』はマーズじゃなかったのね。別人格どころか、歴代の『夜を駆けるもの』の素顔そのものじゃないの。マニカさん、お母さんに似ているって言われない?」
「どうなんでしょう? 兄様にもそう言われましたけど、両親ともに、今ここにはいませんしね」
初めて、ナイトを名乗り上げあいまみえた時は、その仮面や認識阻害の魔法が備え付けてあるマントのこともあり、その中身が誰であるのかはっきりしなかったのは事実だが。
マーズが知らぬ存ぜぬと嘘をついて、夜な夜な世直しに勤しんでいるものとばかり思い込んでいた。
しかし、改めて今代の『夜を駆けるもの』と名乗るマニカを見るにつけ、そうではなかったことに気づかされる。
親から子へと引き継ぎ受け継ぐ神出鬼没な夜の怪人、何でも屋の『夜を駆けるもの』。
その正体は、絵本や芝居などで公然の秘密として、カムラルの一族の長、姫であるとされていた。
救世主、大聖女、英知の賢者に稀代の大魔導師。
新進気鋭の凄腕商人だなんて変わり種もあったが、もれなく彼女たちは今まさにここにいるマニカとよく似た立ち姿で描かれていて。
『夜を駆けるもの』どころか、カムラルの一族らしさがこれっぽっちもないまさに『名前負け』なマーズ。
こうして本物を目の当たりにしてしまうと、なぜ今までマーズのことを『夜を駆けるもの』だと信じて疑わなかったのか分からなくなってくるほどで。
「……え? 兄様? はい。……はい。わかりました。いってらっしゃいませ」
リアータが、そんな風に自問自答し首をかしげていると。
夜の時分とは180度違うようにも聴こえてくる(実際、『夜を駆けるもの』……ナイトであった時は、その仮面やマントの力もあったのだろうが、意識して役になりきり、変えていたのだろう)甘い声で、ここにはいないはずの人に『連絡機』のようなものか、あるいは念話の魔法か、虚空に喋りかけたかと思うと、傍から見ているリアータたちにも分かるくらいには、何だかがっかりした様子を見せてくる。
「しも……お兄さまに何ぞ言われましたか?」
「あ、いえ。兄様、ずっとここにいるのもこれからの展開を予想するにあれだし、この際用事があるからと離れていってしまったんです。魔精霊体の時にしか成せない用事だからちょうどいいらしくて」
「あ、もしかして私のせい?」
「いえ、そのようなことはないですよ。むしろ、みなさんのこと覗き見しているみたいで、申し訳ないって言ってました。後、みなさんが何らかの危機に陥るようなことがあったら呼ばれる前に参上するから、その際のらっきーすけべ? は勘弁してくれよなって言ってました」
「あ、そう」
「彼奴め、そう口にしたと言うことは、姫さまのあーんな瞬間やこ~んなあられもない姿を狙って登場するつもりですね。まったくもって度し難い。姫さま、しっかりしめて彼奴が出てこられないようにしておいてください」
「んもう、ミィカってばまた、なにいってるのだぁ」
相変わらずな、過保護で正直なマーズに呆れつつも。
リアータが疑っていたこと、しらばっくれて嘘をついていたなんて思っていたこと。
気にさえしていないようなマーズのツッコミぶりである。
言い出しておいて自分で赤くなっているミィカはともかくとして。
ハナもマニカも実際、そうなった時に別に気にしないだろうことは、リアータ自身もそうであるからして、よくよく解ってしまって。
やっぱり増えちゃったわね、ライバル、なんて。
内心でしみじみリアータは思いつつも。
姦しくわいわいしながら理事長室へ向かうハナたちの後をついていって……。
(第48話につづく)
次回は、9月24日更新予定です。