第42話、為すべき使命なんてものはなく、ただただ幼気に戯れたいだけ
SIDE:マーズ
―――こんなふうに一度、大好きなお兄ちゃんと一緒にお茶してみたかったの。
だとおおぉぉぉっ!?
惚れてまうやろおおおぉぉぅっ!!
……などと、内心で激しく突っ込みつつも。
マーズは、冷静さを装って口を開く。
「はは、いや。うん。なんて言えばいいのか。とりあえずはまず、いただきます」
「どうぞどうぞ」
誘われるがままに夢の如き世界でもいい香りのする紅茶を一口、極上に甘いであろうお菓子を手に取るマーズ。
一方の彼女は、そんなマーズを変わらず嬉しそうに、幸せそうな笑顔を浮かべ眺めるばかり。
どう見たって歓迎はされているし、こうして顔を合わせることが待ちに待ったことで、彼女が望んでやまなかったことであるのはよくよく分かるのに。
紅茶と茶菓子をいただいてリラックス……少しばかり落ち着いたところで冷静になって考えてみると、おかしな所があることに気づいてしまう。
何せマーズは見た目が悪鬼羅刹、魔人族そのものであるからして。
近づくのが躊躇われる、なんて理由ならばまだ分かるのだが。
何だか彼女とマーズの間には見えない壁のようなものがある気がするのだ。
それは物理的、魔法的なものではなさそうで。
それは一体なんなのかと。
今までの流れを考えてみて、気付かされたのはその可愛らしい口で兄様と言いながらも。
彼女のおもてなしは家族を迎えるものではなく、大切なお客様を迎えるものである、ということだった。
家族なら、妹ならもっとこう、遠慮がいらないものなんじゃないのかって。
どうすればその壁を取り払えるのかと、また考えて。
お茶の席に着く前にも思ったが、妹だもう一人の自分だ、なんて言っておきながら、『彼女』だなんて他人行儀だったのはマーズ自身であったと言うことで。
「うん。美味いよ『マニカ』。一度だなんて言わずにこれからはいつだってこうして同じ時を過ごせればって思ってるんだが、どうだろう?」
「……っ。私の名前覚えて……つけてくれるんだね」
「ああ。父さんにね、言われてたこと今更ながら思い出したんだ。『きっとお前もご多分に漏れずきょうだいがその内に眠っているだろう』って。だから実は、前々から考えてたりね」
名を呼ばれて、びくりとなってその真赤の瞳をきらめかせる妹……マニカ。
感極まった風で何だか泣きそうにも見えて、マーズは頬をかきつつ笑ってみせる。
「やめてよ。そんな眩しい顔、向けてくるの。と言うか、ちょっと遅かったんじゃないかな。兄様が構ってくれなかったから、友だちに『ナイト』と名乗ってしまったじゃないか」
「お、そうだったのか? 悪い。もっと早くこうしていればよかったか」
こんな、魔人族そのものな自分の中に。
【火】の女神のごとき妹が囚われていたなどと、思いもよらなかったというか信じられなかった、何てことは言い訳か。
マーズは更に苦笑を浮かべ、許してくれと頭を下げる。
「でも、今ここにいる私と兄様の身体を借りて一時的に顕現している私は別物とも言えるかもね。……まぁ、外ではこうやって面と向かって兄様と会話できるわけじゃないし、せっかく名づけてのだから今のままこのままで良いと思うけれど」
「あー、そのことなんだがな。父さんたちから経験者は語るってことで何とはなしに聞いてはいるんだ。正規の方法で『分離』する以外に特別な魔法道具を使って、お互いが個となれる方法があるんだと」
「正規の方法以外で? それって確か……」
「世の中の酸いも甘いも体験しているであろう『夜を駆けるもの』さんなら、ご存知かな? 『ノーリマイン・リング』って言う、二つで一つのアーヴァイン王城宝物殿などにしかないと言われるS級マジックアイテムのことを」
マーズたちが住み暮らすユーライジアには、レスト族を始めとする身の内に複数の魂があったり、魂がふとしたきっかけで入れ代わってしまう事案が比較的多かった。
その、二つで一つの大仰なる薔薇の細工が施された腕輪は。
かつてカムラル家に仕えていたヴルック家が創り出し、主のために献上したのが始まりだと言われている。
現在、紆余曲折あってマーズが聞いた範囲ではアーヴァイン国の現主が持っているらしい。
つまるところ、その直系の子孫というか娘であるハナならば何か知っていることだろう。
別にそのためにわざわざ他クラスであるのに案内をかって出ていたわけはこれっぽっちもないが。
そんなマーズだけでなくマニカもハナたちと友達になったのならば、話が早いような気がしていたわけだが。
「しかしそれは、あくまで魂同士を入れ代えるものなのでしょう? 移る肉体がなければどうしようもなくないかい?」
「あー、言われてみればそうだな。余分に有り余ってる俺の肉体を分けるつっても、それじゃあ正規の方法と対して変わりゃしないもんなぁ」
正規の方法……今はマーズがメイン、主人格であるその身に命を脅かす程の危機が訪れた時に発現する、一種の防衛本能のようなものだ。
確かに言われてみれば、それでは根本の解決にはなっていないのだろう。
と言うより、両親やその親の世代に鍛えられすぎて、現状のマーズではそう簡単に命の危機など感じようもないといったシビアな問題があった。
世界と世界を繋ぐ、世界を救い上げるための英雄を喰らい導く境界の狭間の守り神、『クリッター』にちょっかいをかければそれも可能かもしれないが。
マーズとしては、この故郷ユーライジアにおいてやるべき使命があるので。
その直接的な方法はどうしようもなくなった時の最終手段のつもりでいて……。
(第43話につづく)
次回は、9月2日更新予定です。