第40話、泣かない赤オニ、自身の内なる世界へ妹を探しにゆく
SIDE:マーズ
イリィアにちょっかいを、呪いをかけんとしてきたヤツに手痛いしっぺ返しを食らわせたら。
その結果、呪いそのものと化していた闇の魔精霊が明確な意思をもって、マーズの従属魔精霊としての意識を固めてしまった件。
マーズとしては、従わせたりこき使ったりする気は毛頭なかったのだが。
何かやること、命令をいただけなければ死んでしまう……的なニュアンスで脅されてしまえば、粛々と従う事以外に選択肢はなくなっていて。
ちょうど気にはなっていた、スクール地下にある広大なダンジョンの下見的なものをお願いしたわけだが。
すぐに思っていた以上にきな臭い状況に気づかされて。
よりにもよって、お小遣い稼ぎでそこにムロガまでいることが分かって。
実は物凄く心配性なマーズは、そのきな臭さが耐えられなくなって溢れる前に、その元を断つべきであると。
単身先んじてその臭いの大元へと向かったわけだが。
実態を持たないアクマたちが受肉して厄介なことになる前にと潰していって。
半分までは実に順調であったのに。
まるでそれを見越したかのようにアクマたちは二手に分かれていて。
ダンジョン内にいたいくつかのアクマたちを受肉……罪なき動物、いわゆる獣型の魔精霊たちに憑依させてしまったのは。
それこそ大きな失態と言ってもよかっただろう。
しかも、その内の一体は、マーズが触れんとしただけでミンチになってしまうかもしれないか弱い見た目のうさぎ(アルミラージ)に取り憑いてしまった。
実際、力のコントロールができずに勢い余ってしまうだなんて。
マーズにしてみればまずありえないと、強く主張したいのだが。
そんなことどうあっても信じられないと。
心外なことを思っている人物が身近にいたらしい。
マーズがはっきりと覚えているのはそこまでで。
次に覚えていたのは自室のベッドで目を覚ました、その瞬間であった。
「ふむ。ある意味では僥倖だった、のかな。しっぽを出した……いや、本当に俺の中に別人格はいらっしゃたってことか」
何せその感覚は全くなかったから。
父やそのきょうだいがかわっていく様を見ても、自分は母方の血の方が濃いらしいと信じていなかったくらいで。
こんな魔人族めいた男と身体を共有する人物がいるだなんて。
そいつかその子か分からないがかわいそうすぎるだろう、とも思っていたわけだが。
ハナはともかく、何故かミィカの方が、マーズの内なるところにいわゆる『もう一人の自分』が存在していることを知って以降、あまり近づいて来なくなってしまって何か俺やらかしたのかと、地味の凹み中であることは置いておくことにして。
何故かすっかり仲良くなってしまったクロとムロガによれば。
やはりマーズの内に存在している人格は、リアータやそれこそムロガが度々指摘していた、最近スクール下町界隈で話題になっている、神出鬼没のなんでも屋、『夜を駆けるもの』で間違いないらしい。
今までマーズが気づくことができなかったのは。
そんな『彼女』が代わるのが、大抵夜の、マーズが眠りこけているタイミングであったこともあるだろうが。
父やそのきょうだいを含めた『レスト族』の中には、一つの身体を共有している魂同士でコミュニケーションを取れる場合もあるとのことなので。
マーズは、さっそくとばかりにコンタクトを取ってみることにした。
「……とりあえず、寝てみるか」
今、会いに行くからな。
なんて意味合いも含めて。
マーズはそんな独り言を発しつつ、再び自室のベッドへ入り直す。
いざ、まだ見ぬ『妹』に接触を図ってみようと決めたものの。
実の所マーズはその手段を知っているわけではなかった。
複数の魂に魔力に、身体が耐えられなくなったり、命の危機に瀕するようなことに遭遇すれば。
『分離』をもってコミュニケーションが取れるようになることは理解してはいたが。
今のマーズのとってみればそのどちらも起こりそうになかったため、母親譲りの魔法のセンス……今までに無かったものを生み出す規格外さに、無意識のうちに賭けた部分は確かにあって。
特に明確に何かを考えながら発動したわけでもない、その心内だけでの新しき魔法。
名付けるのならばダイヴ。
【イセルーヴァ・ダイヴ】と後世に呼ばれるようになるそれは。
【時】と【月】、そして【木】による三種合成魔法である。
自らを内なる世界……夢の世界へと運ぶもので。
それが世界の理を揺るがしかねない大魔法であることにも気づかないままで。
その魔法は然りと発動し、成功したのかどうかすら確認する暇もなく。
マーズは再び、入ったばかりのベッドから起き上がり上半身を起こす自分を自覚するのであった……。
(第41話につづく)
次回は、8月25日更新予定です。