第36話、満を辞して飛び出してきたのに、その出番はあまりにも短く
「ハナさん、ミィカさんっ!? どうしてここにっ」
「おー。そか、よんでくれたのはムロガいいんちょだったのかぁ」
「え? いや、そんなはずは……」
「……」
びっくりした様子でムロガが声をかけてきたから。
今にも襲いかかってきそうなケモノがいるのにも関わらず、律儀に振り向いて反応するハナ。
改めて見やれば、いつもと違った……ダンジョンシーカー、あるいはボーダーのような姿をしたムロガがそこにいたが。
しかし話を聞くにムロガがハナを呼んだわけではないらしい。
その流れで目に入ったのは、洞窟こうもり……ではなく、小さなカラスの魔物。
ムロガの方に陣取る、スカークロウらしき姿だった。
「んん?どうくつの中にカラス? いいんちょのともだち(テイムモンスター)なのか?」
「……っ」
ハナはのほほんとしているし、肩口にとまられているムロガも気にした様子はないが。
そこにいるスカークロウも、あるいはむりくり邪な力を植えつけられたらしきユニコーンと比べても遜色ないほどの【闇】の魔力をまとっていた。
(……いえ、これは闇そのもの? スカークロウではない?)
どちらかと言えば、ミィカ自身と近いものをミィカは感じとっていた。
それは【闇】の根本、呪いそのものと言ってもよくて。
ミイカが思わず混乱し、黒いユニコーンを注視している場合ではないと判断したのは。
そんな呪いの塊のような存在が、恐らくはハナを呼んだ張本人であると確信したからで。
一体いつの間に?
そう思った時。
「ヒヒヒィィィーーンッ!!(うえぇぇいっ! なめてんのかぁっ! こっちからなめんぞこらああぁぁっ!!)」
厳密に言えば無視していわけではないのだが。
この状況で蚊帳の外に押しやられていることに気づいたらしい。
邪なるユニコーンは、正しく邪なる言葉を吐き出して、猛然と突進してくる。
「わわわっ。こういう時は、ていっ」
その瞬間、スカークロウが翼をはためかせ。
ムロガが背負っていた荷物から自らの得物、魔法銃を取り出し。
ミィカが効果がいまいちであろうながらも対するために【闇】の魔法を発動するよりも早く。
慌てているように見えて、ハナがそう叫びつつも実にスムーズな動きで手に持っていた魔精球(先ほど呼び出されるために使った改造版ではない、本来の目的のもの)を投げつけていて。
「ヒヒィンッ!? (いったぁ、そこはらめぇぇっ!?)」
カイン! と。
甲高い音がして、偶然か必然か、紅白に分け隔てられたノーマルな魔精球は。
見事邪なるユニコーンの、とりわけ邪悪なオーラが出ていそうな部位、その大きにすぎる一本角にヒットする。
するとその途端、短い悲鳴を上げつつもユニコーンはみるみるうちに吸い込まれより集められ、小さくなって魔精球へ取り込まれていく。
その際、ミィカの目にはユニコーンの身体だけが吸い込まれて、カラスほど大きくないにせよ、呪いとして確かにユニコーンを蝕んでいたであろう闇色の魔力……靄のようなものだけが残されて。
「かぁっ!」
それにも確かに意志があると。
敢えて魔物に分類するのならば、スモーク状の身体ををもって、ほかの生物に取り憑き乗っ取り支配する、『アクマ』と呼ばれる存在であると気づいた時には。
スカークロウが弾丸のように飛び出していて。
そのくちばしが闇色の靄に触れた瞬間。
溶け込み一体するみたいにスカークロウが逆に吸い込むように喰らい、自身のものとしたことがミィカには分かって。
「ムロガさん、あれはいったいなんなのですか?」
「え? あ、ええと。ここに来た時に気づいたらリュックのところにくっついててさ。ずっとついてくるし、そんなに重くないし、それならべつにいいかなって」
なんとなく懐かれたようだから。
別にそれで困ることもないし、ここまで特に考えもせず一緒にいた、との事らしい。
何て迂闊な、と。
こんな時じゃなければ説教の一つもしたい所だったが。
闇の靄……アクマの残滓をすべて吸い込み、その身に秘めし呪いの力をより一層強くしているスカークロウに対しての警戒を外すことはできそうになくて。
毒を制するには毒、呪いも同じ。
ならば自身がと、ミィカが内心でらしくない決死の思いを秘めたその時であった。
「よっし。黒いユニコーンげっとだぞいっ。……って、なにこれ? からすさん何してんの?」
あるいは、ムロガ以上にまったくもってそこにあるかもしれない危険に。
ほとんど気づいた様子もなく、ハナがユニコーンをとらえた魔精球を拾い上げたかと思うと、興味のあるものには何でも食いつく好奇心の塊のような彼女は。
全くの無警戒っぷりを発揮して。
しかも止める暇もないほどの軽妙さで、スカークロウに近づいてゆく……。
(第37話につづく)
次回は、8月9日更新予定です。