第33話、もう一人の自分は、きっと語彙力失うくらいの美人さん
マーズがこの場に、名も知らぬアクマたちの存在を知ったのは偶然であった。
たまたまと言うか、マーズ独特の勘のようなものが働いて。
滅することなく助け掬い上げた元呪いの術の媒介となっていた……現【闇】の魔精霊、スカラベ・クロウのクロが。
成り行きと言うかそんな呪いから解放したことで、従属魔精霊扱いとなり。
何か使命(頼みごと)をしなくては身体を維持できない……ひいては生きている価値がないと、魔精霊語で訴えられたのが始まりである。
母親の昔取った杵柄と言うか、色濃く血を引くマーズは。
魔精霊や魔力が色で見えるだけでなく、それぞれの魔精霊語も理解できていて。
足元に髑髏が似合うシックでダンディなおじさんボイスをイメージしていたのだが、聞こえてきたのは舌足らずのくせに字面はスマートといった、とてもマーズ好みの可愛らしい少女の声で。
暇さえあれば雑談の相手になってくれればいいと口にしそうになったのをギリギリで押しとどめて。
マーズはスクール地下にある未だ踏破されていない所もあると言うダンジョンの下見をお願いしたのだ。
当然、危なくなったらすぐに連絡するように言い含めてあるし、そもそも従属魔精霊の視点を借りてその場の様子を伺うこともできる。
何だかストーカーじみていてあれだが、それも主として心配だからといいわけしたいマーズである。
そんな中、試験のための事前の調査員……その中にかムロガもいて。
どうせならムロガの近くにいるようにと、こっそり誘導したりもしたが、そこで目にしたのは。
あんた本当に少年かと、首を傾げるしかないムロガの一挙手一挙動だけでなく。
みるからに怪しい、干支をもじったのだろう12の魔法陣であった。
マーズはすぐに、それが良くない色を沸き立たせていることに気づいてしまった。
この世界を構成すると言われる、12の根源を模倣して対にならんとし、少なからずマーズが守るべきものたちに、いずれは害を与えかねない、と言うことを。
とはいえ、まだ何かをなしたわけではなく、未遂の作戦段階だったわけだが。
危険があるかもしれない、と言うだけでその芽を摘んでしまう、暇さえあれば『護らねば』状態のマーズの見つかってしまったことは。
彼らにとって最大の悲劇と言えるだろう。
思い立ったら、物語が始まる前の行動。
マーズは早速自身の勘を頼りにそれらしき嫌な色が集まっていた場所へと、その身一つで突貫する。
そこからは、前述した通りで。
無慈悲な肉体言語が繰り広げられたわけだが。
失敗というか、失念していたのは。
突然降って沸いた理不尽の襲撃に備えていたわけではないのだろうが。
正に本物の12の根源魔精霊と同じように、地下深くにいたのは半数で。
残りの6体は既にスクール地下のダンジョン近くまで向かっており、受肉するのを今か今かと待ち構えていた、ということで。
「しくったな。受肉されてしまえば、下手すれば手に負えんぞ」
両親と、その最強世代を師に持つマーズにとって、自身が誰にも負けぬ強者でないことくらいは百も承知なわけだが。
暗闇の中、残りの6体の居場所を【探知】の魔法で探りつつもぼやいた言葉は。
受肉したことで可愛い感じの生き物に成り果ててしまったらどうしよう、手が出せんぞ、といったマーズ最大の弱点を表している。
加えて、魔法陣の近くにいる生贄……人間や魔精霊を取り込むことで一体化し受肉するわけだが。
少なくともマーズにはその状態でアクマだけを滅するような器用な真似はできなかったから、焦っていたのは確かだったのだろう。
「こうなったら、手当たり次第なるようになれ、だ。……【リィリ・スローディン】っ!!」
そんな時、マーズがいつも思うのは。
もうひとりふたり自分がいたのなら、なんてことで。
実際、マーズには確かにもうひとりの自分がいたわけだが。
それに対して、マーズはきっとこう言うのだろう。
―――『違う。そうじゃない』と。
父方の一族が魂を複数、ひとつの身体に持ち合わせていると言う、『レスト族』であることは分かっていたため、認識せずともいるかもしれない、と言うのは理解していたが。
だがマーズにとってみればそれはもはや別個の存在であるとも言えた。
こんな図体と物理的な力だけが自慢のもう一人が、いてたまるかと。
いや、猫の手も借りたい時は無いものねだりをしてしまうのは確かなのだが、そう言う意味ではなく。
マーズの中のもう一人の自分は、それこそ誰よりも一番に護り愛でたい可愛い妹であると、知らないくせに確信しているだけなのである。
きっと、母に似てやばい(語彙力喪失)くらいの美人さんに違いない。
もしかしたら。
そんな過剰に過ぎる兄の期待が、もう一人の自分を引っ込み思案にさせているのかもしれなくて……。
(第34話につづく)
次回は、7月31日更新予定です。