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第32話、諸悪にして悪辣を負うものは、永い時の中薄まってしまったから



SIDE:マーズ




時は少し遡り、ユーライジアスクールの広大な敷地の遥か地下深くにて。

スクールの者達や冒険者達が、一攫千金と新たな発見を目指して潜り行くよりもさらに下に。

この世界を構成する12の根源に倣い、反旗を翻し、同じような力を持って世界を牛耳ろうと、虎視眈々と力を溜めていた12の『アクマ』がいた。



12の根源魔精霊が、地上と黄泉の世界を、時計が回るように行き来し、循環することで世界を維持するのと同じように。

『アクマ』とは、魔精霊や魔物とも異なり、相反する影の存在である。



かつて魔人族と呼ばれていた者達が、生きとし生けるものの悪意やマイナスの感情を糧に生きていたのと同じように。

悪循環の塊で出来ている彼らは、しかしこの身を世界に具象化する、受肉するための身体が存在しなかった。


彼らが世に出て絶望を撒き散らすためには、その寄り代となる生贄が必要で。

ユーライジアスクールの地下にあるダンジョンは、スクールが立つよりも早く、彼ら『アクマ』にとって生贄を選定する場所であると言えて。




『時は来た! ワレラが世に蔓延りし愚かなニンゲン、マセイレイどもを駆逐する時がナァ!』


深い深い闇の中、ぼぅ、と赤橙色の炎を全身に纏わせた羊の魔獣は。

その仮初めの明滅に透ける身体を震わせ、叫ぶ。


『キキッ! わしを満たすニエ、果たして見つかるまでどれほど喰らえばいいかぁっ』

      

続き、月を見えて進化する毛むくじゃらの大猿が、きぃきぃ喚きながら涎を滴らす。


『空……とぶ、空、わたしのもの……』


一言口にするだけで、小さな嵐が巻き起こる……その真っ只中にいるのは、ただただ叶わぬ空を渇望する、皮膜持ちし翼あるもの。


『ゲルルルっ! もう我慢ならんっ。12の並びなど捨て置き、すぐにでも新鮮な肉にありつきたいものよっ』


双頭の、滑り留まらぬ腐した犬は、全身をぐずぐずと崩す勢いで身体を震わせていて。


『フゴオオォッ……フゴオオォォッ!』


その場にいる『アクマ』の中でもとりわけ大きな猪は、息を吐く度に胡乱な瘴気を生み出し撒き散らしていて。




偶然にも、地下深くにいた『アクマ』6体は、自身の出番を待ちきれずにいた。

まずは、地上にいる6体の『アクマ』が解き放たれ、ニエを求め、喰らい取り憑き現世に顕現することになっていたからだ。


果たしてそれは運が良かったのか、悪かったのか。

【ソレ】に目を付けられ悟られ気づかれてしまった以上。

彼らに訪れる無為な滅びは、遅いか早いかの違いでしかなかったのだから。







「……こんな、辛気臭ぇ所で悪巧みとは。湿気てやがるチューっ」


闇が深すぎて、お互いの姿すらろくに捉えられず、好き勝手している中。

聞こえてきたのは、場違いなくらいに努めて明るい、そんな声だった。

誰よりも小さき身体で死を撒き散らすネズミの『アクマ』。

その『ふり』にもならない、あっけらかんとした声。



『ぬぅ? 何故こんなトコロにニンゲンのニオイがぎょぉぅっ!?』


いつの間にやらその理不尽な死が、ネズミの『アクマ』に訪れていたことなど、誰も気づくことなく。

次に餌食となったのは、炎によって光り目立つ、羊の『アクマ』であった。



『ゲルッ!? 何だ、ナニ……ぐぎょぺっ!?』

「くっせぇな。自分じゃぁ分かんねぇんだろな、きっと」


続き、その悪臭を辿られ、双頭の犬の『アクマ』が断末魔の声を上げる。



『まさかニエからやってひっ……』


そこまで来て、何者かがその場にいて、次々に『アクマ』を、たった一撃で屠り滅していることに気づかされて。

しかし、それを目視するよりも早く、物理攻撃など通じない、精神体であるはずの大猿の首が飛んだ。



『空、ワタシは空に……っ』

「わりぃな。天国にはもう一度生まれ直して行ってくれや」


間髪を置かず、翼あるアクマが降り積もる綿羽の塊と化すその寸前。

『ソレ』を垣間見ることに成功する。



『ソレ』は、巌のごとき体格の大男であった。





『フゴオオォッ!?』


いや、それは巨大な猪にも引けを取らぬ暴威を振るう鬼……魔人族そのものに見えた。

角こそ見当たらないが、その血のように逆立った髪が、根源的な畏れを誘い、猪のアクマは本能に従って闇の中を駆け出さんとする。



「せめて肉体があるのなら、いただくこともできるんだが」


この無慈悲な死も、滅びも無駄にならないのに。

刹那、声すら上げられずに絶命していた猪のどてっ腹には大穴が空いていて。


ものの数十秒で、半数のアクマが滅び消え去った。

虚しさと侘しさを含んだそんな呟きの後、巌のような拳を開くと、そこにはネズミのアクマの成れの果てがあって。



「見た目で躊躇しなかっただけでもマシか。こんな暗闇じゃあろくにものも見えん」


自分に言い訳するかのようなぼやき。

『ソレ』……アクマよりも悪魔めいた、事実かつての魔人族の血を引きながら、その生きるための乾きすら乗り越え克服した男。


マーズ・カムラルは。

ひとりごちつつ深い深い溜息を吐いてみせて……。



   (第33話につづく)








次回は、7月28日更新予定です。

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