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第31話、助けを呼ぶ声を上げなくても、きっとあいつはすぐそばに




「こうなったら、迎え撃つしかないか……っ」


クロと、時を同じくして。

このまま闇雲に逃げていてもラチがあかないことに気が付いたのだろう。

ポーターのこどもは自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた後。

どこからともなく自身の得物を取り出した。



どうやら、ヒーラーなどがよく使う仕込み錫杖のようである。

主が持つ、見た目にそぐわなすぎて怖気の立つ星付きの可愛らしい杖などに比べれば劣りはするものの。どうやら家に代々伝わるそれなりに年季の入った杖らしい。

かなりのスピードで向かってくるナニモノかに対し、恐怖を振り払い、その圧に耐えうるほどには頼りにしている得物だったのだろう。



それを扱い、容赦なく、問答無用で得意な魔法でも放っていれば、状況が変わっていたのだろうか。

しかしポーターのこどもは、この期に及んでまだ敵対するものかどうかははっきりしない、と言う理由もあいまって、それが見えるところまでやってくるのを待ってしまった。




「ヒッヒヒヒヒヒィィィィンッ!!」

「うわぁっ!?」


その迫力と風圧だけで、あっけなくも吹き飛ばされていくポーターの子ども。

思わず舞い上がったクロが目の当たりにしたものは、想像以上に大きく、慣れぬ恐怖を体現したような姿形をしていた。

一見すると、銀……虹色に煌く突撃槍のような角を持ったユニコーンであるのだが。

その針金めいた、尾まであるたてがみは、通路の天井を削りながら進んでいたようで。

それが震える度にダンジョンそのものが鳴動しているような感覚になる。

洞窟の通路に収まりきらないくらいの体躯は、【ヴルック】そのものを顕すような、

自然的ではない七色の光を複雑に絡み合った管のようなものを巻きつけ、その存在を主張し続けている。



しかし何より恐怖を煽り逃げ出したくなるのは。

常にぎしりぎしりと軋ませている前歯と、そこから止めどなく溢れる粘着性の高い液体、爛々と血走っているようにも見える、クロほどもありそうな濁った瞳だろう。


その、ユニコーンめいた魔獣は、確かに間違いなく興奮していた。

……まるで、肉食獣が獲物を前にした時のように。




「な、なんなのさ。あれはっ。あんなの知らないよっ……こわいっ」


絶頂めいた威圧を、すぐ近くでぶつけられたのだ。

狙われた獲物が、硬直して動けなくなってしまうのも、仕方のないのだろう。

ポーターの子どもが待ちを選んでしまった時点で、詰んでしまったのかもしれない。



(ここが潮時、ですか。仕方ないですね……)


やはり、ポーターの子どもがその魔獣にとっての獲物、目的であったのだろう。

それ故に、威圧を逸らすことに成功したクロは。

できれば自分で何とかしたかった、とばかりにカラスらしくない溜め息を吐いて。



「カアアアァァァァッ!!」

「……っ!」


自分でも思ったより大きく響いたと感じる、救難信号。

クロが、契約したその時からデフォルトで理解していた、主に助けを求める合図。


一時しのぎの威嚇の意味もあって、ポーターの子どもだけでなく僅かばかり馬の魔獣が我に返り、怯んだその瞬間。


お互いの間に現れたのは。

先程魔獣が飛び出してきた者とは明らかに異なる、力込められし魔法陣で。




(……ん? おかしいですね。この魔力は、主ものとは違う?)


主には、クロには荷がかちすぎる事態や、その身に危機が生じたのなら救援信号を送るようにと言われていた。

クロとしては、恐れ多くも主が駆けつけてくれるものだと思っていたが……。



「っ、これって?」

「……ッ!!」


それまで恐慌に陥っている風であったポーターの子どもも、歯茎を剥き出しにして興奮状態でいた一角獣めいたナニカも。

突然現れた魔法陣に警戒と言うか、注視する体勢をとっていて。


ポーターの子どもは、その魔法陣にどうやら心当たりがあるようで。

そこにいる皆が動きを止め、その陣から現れるものを待つ形となって……。


SIDEOUT



   (第32話につづく)








次回は、7月25日更新予定です。

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